2006年9月29日金曜日

ネギヒゲ

ヒゲを失くした猫が「ヒゲ作れ。ヒゲがない。ヒゲがないのは不便だ。ヒゲ作れ」とうるさい。
思案したが猫のヒゲの作り方などわかるわけもなく、ぐずぐずしていたら長ネギが目に入った。
私は丁寧に極細の白髪ネギを作った。
出来上がった白髪ネギを猫に渡すと、器用に頬に付け、満足そうに帰っていった。

2006年9月28日木曜日

白い疼き

大根おろしを作っていると、きまって足の裏が疼く。
「タマネギを切ると涙が出るようなもんだと思うの」
と友人たちに語っては、笑われたり呆れられたりした。
実際、抑えようにも抑えられない反応なのだ。ごく当然のように、足の裏が疼く。
足の疼きの中に快感を見出だしたのは、数年前からである。
はじめは小さなものであったが、段々とはっきりし、やがて私は快楽のために大根をおろすようになった。
大根おろしは秘め事になり、大根おろしで足の裏が疼くと周囲におもしろおかしく語ることもしない。
夜な夜な大根をおろすだけ。

2006年9月26日火曜日

Colorful Rabbit

ルバーブのジャムを作った。赤、黄、緑の三色のジャムができる。
三色ジャムを近所のウサギに持っていってやる。
翌日見掛けたウサギは、耳が赤くなっていた。その次の日には尻尾が緑になり、三日目には黄色い前足をしていた。
「ごちそうさまでした。本当においしかった」
とウサギは律義に礼を言いに来た。
「言われなくても、わかるよ」
と言うとウサギは身体を見渡し頬を赤らめた。

2006年9月25日月曜日

蓮根のしるし

八百屋に並ぶ前に蓮根は身体の切り口に朱肉を付け、紙に体当たりする。
蓮根ID、それがどのように使われるのか、蓮根にはわからないが、たしかに生きた証と感じる。

2006年9月23日土曜日

玉葱魔術

玉葱を切った時に流した涙が、ようやく10ml溜まった。
ビーカーを見つめて、うふふふ、とわざとらしく笑う。
わたしは伸ばしていた左手の小指の爪を切り素早くビーカーに入れた。
涙の中に落ちた爪は、「じゅ」と少し泡立った。
しばらくすれば、芽が出て花が咲いて、実ができるはずだ。実は、すなわちわたしの分身。
分身を養うのは大変らしい。「分身」は玉葱しか食べない。それも大量の。
でも、たぶん大丈夫。分身のために土地を買い、玉葱畑を作って備えてきたのだから。

2006年9月21日木曜日

Moonshadow Carrot

次の満月の夜、ニンジンが会合を開くという。
いかがわしい集まりかと思ったが「お月見だ」そうだ。
丘の上にはニンジンが巨大な籠に積み上がっている。
満月に照らされてツヤツヤと輝いている。うまそうだ。
気付くとよだれを垂らしているのは私だけではなかった。
すぐ横で馬がうっとりとニンジンの山を見つめている。

旅するレタス

レタスが旅に出た。
残念ながら足は生えなかったので転がって行くことにした。
レタスにアスファルトはいけなかった。
転がって、傷ついて葉は剥がれ、レタスは消えた。

2006年9月20日水曜日

巨峰の目玉

彼は仕上げに目玉を入れてくれた。眼窩にキスをされたと思ったらちゅるん、と目玉が入ってきた。はじめに右目、そして左目。甘い汁と彼の唾液がわたしの涙となって頬を伝う。

2006年9月18日月曜日

血まみれ胡瓜

「はい」
畑に行ってきた少女に胡瓜を差し出されて驚いた。血まみれなのだ、胡瓜が。
「ちょっと、なんだこれ。手ぇ見せて」
彼女の手は胡瓜を握りしめすぎていくつも傷が付いていた。
「きゅうり、新鮮だったから、痛かった」
胡瓜はそんなに握りしめるもんじゃない、と言いながら
手の傷と比例しない血まみれ具合の胡瓜を不信に思った。
少女がこちらをうっとりと見ている。
オレはそのまま洗いもせず胡瓜を噛った。

2006年9月17日日曜日

香ばしい踊り

焼きとうもろこしの香りにつられて、祭に出かけた。
早速、お目当てのとうもろこしを買い、噛り付こうとしたその瞬間、とうもろこしが一粒づつみんな飛び出して行ってしまった。
とうもろこし達は、ぴょんぴょん跳ねながら盆踊りの輪に加わった。
うまく音頭に合わせて跳ねている。なかなか楽しそうだ。
しばらくとうもろこしの踊りを見物していたが、
まだ一口も食べていないのに芯だけになったとうもろこしを手にしていることを思い出し、どうしていいかわからなくなった。

2006年9月16日土曜日

キスの味

叔父はトマトをコップの上で握り潰した。
大きな手からぼたぼたと落ちるトマトの汁は、私の股間から未だ溢れ出る血を意識させる。
叔父は塩を降ってコップを私に差し出す。
「トマトジュースだ、飲みな」
とてもジュースには思えないそれは、予想外においしかったが
ほんのり血の味がするのは、さっきの激しいキスでどこか口の中を切ったからだろう。

2006年9月13日水曜日

赤鉛筆が欲しかったレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ子供だった頃、赤鉛筆は郵便配達人しか持っていなかった。
郵便配達人もトマトの収穫時期を消防士に報せる時にしか使わなかったので、赤鉛筆は非常に珍しかった。
ションヴォリ氏は郵便配達人を見掛ける度に捕まえて「赤鉛筆を頂戴」と言ったが、いつも断られていた。
116人目の郵便配達人はションヴォリ氏に問うた。
「きみは、赤鉛筆を何に使うのだ?」
「ほっほーい!イチゴの収穫時期を報せるため」
「よいだろう」
こうしてレオナルド・ションヴォリ氏は赤鉛筆を手に入れた。

2006年9月12日火曜日

雪だるまの天敵、レオナルド・ションヴォリ氏

昔むかし、レオナルド・ションヴォリ氏が初老だったころ、冷蔵庫は雪だるまの夏の家だった。
暑がりのションヴォリ氏はしょっちゅう雪だるまの家に押しかけるので、迷惑がられた。
なにしろ汗をかきかき狭い冷蔵庫に入ってくるレオナルド・ションヴォリ氏のおかげで、さすがの冷蔵庫の温度も上がり、雪だるまは命の危険を感じていたのである。
半分くらいに身体が縮んだ雪だるまに構わず、レオナルド・ションヴォリ氏は冷蔵庫の中で熱いココアを飲むのが大好きだった。

2006年9月11日月曜日

ゾウを鼻で使うレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔レオナルド・ションヴォリ氏がまだ子供だったころ、ゾウの鼻はまだそんなに長くはなかった。長くても、せいぜいで顎の辺りまでであった。
ゾウと遊ぶ時、ションヴォリ氏その少し長めの鼻を引っ張り、連れて歩いた。
ゾウがどれだけ嫌がり踏ん張ってもションヴォリ氏は構わず引っ張る。
ゾウが世代を重ねるごとに鼻は長くなっていく。
ゾウの鼻について、レオナルド・ションヴォリ氏は「ずいぶん持ちやすくなったな」くらいにしか思っていない。

2006年9月9日土曜日

遠い世界を覗いたレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔、レオナルド・ションヴォリ氏が思春期だったころ、ションヴォリ氏は望遠鏡が欲しかった。
望遠鏡を覗くと、望みの遠い世界を見ることができると言われた。
レオナルド・ションヴォリ氏と言えども、若い時分には遠くの世界への憧れがあったのだ。
ある日、偶然望遠鏡を手にした彼は早速それを覗いた。
その中には、今と変わらぬ部屋の中で、ヨボヨボで元気のありあまった老人がいた。
それが遠すぎる未来世界の自分だと、ションヴォリ氏は知らない。

2006年9月7日木曜日

スフィンクスを困らせるレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔レオナルド・ションヴォリ氏がまだ子供だったころ、スフィンクスは世界旅行の最中だった。
ションヴォリ氏はスフィンクスに「ニッポリ」に行く道を聞かれたが、わからなかったので、家に招きお茶を出し、四時間も喋った。
レオナルド・ションヴォリ氏は未だに「ニッポリ」へ行ったことがない。

2006年9月6日水曜日

毒が通じないレオナルド・ションヴォリ氏

昔むかし、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ初老だった頃、傘はコウモリの物だった。
雨が降ると人々はコウモリに頼んで傘に入れてもらわなければならなかった。
傘には蛇の目玉が欠かせないので、入れて貰ったお礼に蛇の目玉をコウモリに贈るのがマナーとされていた。
レオナルド・ションヴォリ氏がコウモリに贈る蛇の目玉は毒蛇のものばかりで、コウモリたちは大層喜んだ。

2006年9月4日月曜日

ビスケットをたくさん食べたいレオナルド・ションヴォリ氏

昔むかし、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ初老だった頃、ビスケットはポケットを叩いて作っていた。
初老のションヴォリ氏は、ビスケットをたくさん作ろうと、12個のポケットが付いた青色のスーツを作って大喜びしていたが
二つしかない手で12個もポケットは叩けないことに気付いた。
そこで近所の子供たちに頼んでビスケットを作ることにした。
大変素晴らしい思いつきだと喜んだのもつかの間、身体中が青あざだらけになった。
それ以来レオナルド・ションヴォリ氏はその12個のポケットが付いた青いスーツは着ていない。

2006年9月3日日曜日

月を食べるレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ子供だった頃、月はチーズで出来ていた。
どうしても月を食べてみたかったションヴォリ氏は、ネズミの羅文と四文に頼んで採って来てもらうことにした。
二匹のネズミが採ってきた月は小指の爪ほどしかなかったが、
それを食べたせいでションヴォリ氏と二匹のネズミが、とんでもなく長寿になってしまったことを、レオナルド・ションヴォリ氏はご存じない。

2006年9月2日土曜日

スズムシに鈴をやるレオナルド・ションヴォリ氏

遥か昔、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ子供だったころ、スズムシは鳴くことができなかった。
スズムシに鈴を背負わせることは、子供の仕事だった。
ションヴォリ氏はスズムシを整列させて、一匹ずつ鈴を渡した。
「1539726…1539727…」
レオナルド・ションヴォリ氏が数を数えずにはいられないのは、スズムシと鈴のせいである。

2006年9月1日金曜日

空を泳ぐヒツジを捕まえるレオナルド・ションヴォリ氏

昔むかし、レオナルド・ションヴォリ氏がまだ初老だった頃、空に浮かぶ雲はヒツジだった。
人々は秋になると、空を泳ぐヒツジ雲を捕まえ
その毛でセーターを編み、影は羊羹にして冬に備えた。
初老のレオナルド・ションヴォリ氏は、目敏く色付きのヒツジ雲を捕まえて緑や赤や青のセーターと緑や赤や青の羊羹をこしらえた。