2005年8月31日水曜日

ベニ子を探して

ぼくは、褪紅色の小さな足跡を追い掛けた。
「ベニ子、どこまで行ったの?ベニ子、迷子?」
涙目になって妹に訴えられたら探さないわけにはいかない。
セミの死骸の上、輝くボンネットの上、褪紅の点が続く。
その時、まさに褪紅色の影が視界の端を横切った。
「ベニ子!」
ぼくは餌袋を振り回しながら、ベニ子に近づいた。
「にゃおん」

【褪紅 C0M30Y20K10】

2005年8月30日火曜日

トースター襲来

苺色した外国製のトースターが、我が家の食卓に襲来したのは、今日の午後四時だった。


【苺色 C0M70Y35K30】

2005年8月29日月曜日

桜色の傘

バス停に向かうと並ぶ傘の中にひとつ、桜色の大きな傘がいた。
台風が近づいた暗い朝の中、そこだけふんわりとしている。
……こんなに淡くはかなげな色の傘は、雨の日に使うのが勿体ないようだな。
桜色の傘の持ち主は、立派な白髭のおじいさんだった。ぼくは、おじいさんの後ろの席に座り、通路側の手で握られた桜色の傘を見つめていた。すぼまった桜色の傘から滴る水は、なんだかとてもきれいだ。
バスを降りる時、おじいさんは振り向いてぼくに笑いかけると、桜色の傘でぼくの黒い傘をちょんと突いた。
黒いぼくの傘は、見る見るうちに桜色に染まった。
【桜色 C0M7Y3K0】

2005年8月28日日曜日

 13才の13月13日、朝起きるとあたしは、巨大なパビムンだった。
溜め息が出た。
無理矢理ベッドを抜け出ると、ママは無言であたしを抱きしめた。
あたしは大暴れして、外へ飛び出した。
 外は、よく晴れていた。
あたしは道路に仁王立ちになって道行く人を睨みつける。
パジャマのままのパビムンなあたしを、みんな見て見ない振りをしてる。
 いくら待っても、誰も立ち止まらない。
血溜まりの中、あたしのパビムンは急速に縮んでいく。
血溜まりが深いから、長靴が欲しいよ、と小指の爪くらいになったパビムンに言った。

2005年8月26日金曜日

手紙

ぼくはいつもパビムンに手紙を書いた。
パビムン、今日はいい天気です。
だけどぼくはパビムンがどこに住んでいるのか知らない。
パビムン、明日は誕生日なんだよ。11才だ。
だから宛先は書けない。
グランドで転んじゃった。
手紙は机の引きだしの中。
パビムンは森に入ったことがある? 暗い夜の森。
真っ白の封筒が百通たまった。
天国の天国はどこにあるのか、知ってる? パビムン
本当はパビムンなんていやしない。
珊瑚礁が見てみたいんだ。
だって、ぼくが妄想で作った友達だから。
たくさん血が流れた。
万が一いたとしても…パビムンはぼくを知らない。
パビムン、君への手紙は全部焼けました。

2005年8月25日木曜日

パビムン風

夏に吹く湿った風をパビムン風、と土地の人は呼んだ。
乾いたこの地に湿った風が吹く理由は、まだ解明されていない。
荒涼とした大地と羊の群を見渡しながら
パビムン風を胸いっぱいに吸い込む。
「パビムン、とはどういう意味ですか?」
尋ねると男は羊の群を従えながら答えた。
「昔、ここにパビムンという名前のじいさんがいた。パビムン風は、パビムンじいさんと同じ匂いがするんだ」

おねだり

パビムンを頂戴。
アンタが持っているその黄色の緑マーブル模様。
触らせて頂戴。
ブヨブヨしてるんでしょう?
聞かせて頂戴。
電子の虫がうごめく音で、ゾクゾクしたいの。
匂いを嗅がせて頂戴。
古いゴムみたいな匂いが忘れられない。
舐めさせて頂戴。
甘くてブツブツしてるの、知ってるんだから。
ね? はやく、パビムンを頂戴。

2005年8月24日水曜日

パビムン王

パビムン国のパビムン王である。
王は薄暗いカビの生えた城に暮らしているので
家来は昼間でも燭台を片手に働いている。
パビムン王は、薄暗い城内を燭台も持たずにトッテラ・トッテラと歩きまわり、すれ違う家来を「ばあ!」と脅かす。
パビムン王は二歳四か月。

2005年8月23日火曜日

パビムン・パビムン

「ただ、パビムンだったのさ……」
男はそう言ってシワだらけの顔を歪ませた。
その顔は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
私は男の節くれだった手にくちびるを寄せ、家を出た。
空には三日月が三つ。

2005年8月21日日曜日

パビムン音頭

夕刻、帰り道。なにやらお囃子のような音が聞こえてきた。
盆踊りのお稽古かしらん…はて、この近所に夏祭りなんかあったっけ?と、思いながら耳を澄ます。
「パビムンパビムンスッテンテン」
と聞こえてきた。「パビムン?」私は音を頼りに家とは逆方向に歩き出した。
「パビムンパビムンツクテンテン」
音がいよいよ大きくなり、私は野原に出た。
大音量で「パビムンパビムン」が流れる古びたラジカセが、野原の真ん中にぽつんと置かれている。
私はラジカセに近づき、しばらく眺めていた。
「いつかテープが終わるだろう」と思ったがパビムンは終わらない。
「テープを止めてやろう」と思ったが、ラジカセの大きなボタンはサビとホコリで動かない。
私は「パビムン音頭」の振りを考えることにしたが、これはうまくできた。
パビムンパビムンスッテンテン

2005年8月20日土曜日

パビムンとギュヒチ

「あ、パビムンだ」
と息子が指差した先には、石ころがあった。
「へぇ、これがパビムン?」
「ほら、ここがパビムン」それは私が子供のころ「ギヒュチ」と呼んでいたものだった。
「これはギヒュチだよ。パビムンはこっち」
「ちがうの! これがパビムンなの!」

2005年8月18日木曜日

パビムン列車

寝台列車に乗るのは、15年振りだ。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。

文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。

朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。

2005年8月17日水曜日

パビムンウイルス

新しいウイルスは「パビムン」と名付けられた。
鮫肌医科大学のジョンソン教授は
「体内に侵入したパビムンは、脳内でパビムン革命を起こす。パビムン革命が成功すれば、その人はパビムン体質となりパビムン的効果を得やすくなる。もし革命が失敗すれば、抗体によって以後もパビムン体質になることはない。そればかりか、鼻糞がちょっと増える」と説明した。
「ちょっと増える、とはどれくらいですか?」と、新聞記者が尋ねた。
「ちょっと、です。パビムンですから」

2005年8月16日火曜日

鮫肌デパートのパビムン

ぼくの町の「七不思議」の一つに『鮫肌デパートの北エレベーターに四階から乗るとパビムン』
というのがある。
これにはいくつか条件があって
・昇りであること
・誰もいないエレベーターに乗ること
・お昼の十二時台であること
以上をすべてクリアしなくちゃいけない。
ぼくはこの手の話は信じないタイプだが、どうしても「パビムン」が気になっていた。
誰に聞いても「パビムン」が何かわからない。辞書にも載っていない。
 ぼくは夏休みを使って鮫肌デパートに通った。
四階の北エレベーターの前に立ち、「△」ボタンを押し続ける。
開いた時に人がいてはダメだ。中の人に「あら、乗らないの?」なんて言われて気まずくなってもガマン。
一時間はあっという間に過ぎていく。
そしてまた、ドアが開く。
誰もいないエレベーター。
初めてのチャンス。
「パビムン」

2005年8月15日月曜日

パビムンに塗れる

「ふぅ」と息をついてサキは蛇口を捻った。
サキの身体が湯気に包まれる。
サキはしばらくシャワーに当たっていた。
鎖骨の辺りにシャワーを受け、その刺激と音に身を任せていた。
眠ったわけではないだろうが、ずいぶん時が経ったことに気付いたサキは
思い出したようにボディソープに手を伸ばし、身体を洗い始めた。
左腕、右腕と洗い、胸元までくるとスポンジを握りしめて強くこすった。
サキはケタケタと笑った。
身体をこする強さに比例するかのように笑い声は大きくなった。
白い泡に潜んだパビムンにまみれたサキは、身体をくねらせながら、笑い続けた。
頭の何処かで「パビムンに犯された」とわかりながら笑うのをやめることができなかった。

2005年8月14日日曜日

幻の酒パビムン

パビムンと呼ばれるその酒は、年に三本しか造られない。
造っているのは、小さな島に住む老人である。
三本のうち、一本は老人自身が飲み、一本は海に捧げられ、最後の一本が「誰か」のところに届く。
届けるのはウミネコとネコの役目である。
青黒く、とろみがあるが香りはあくまでも爽やか
という評は、去年ネコの訪問に預かった無口で有名な鍛冶屋のボブの談である。

2005年8月13日土曜日

妖怪パビムン

夏だからオバケの話をしようか。
ぼくの住む町にはパビムンという妖怪がいる。
パビムンはおかしな妖怪だ。
顔は緑で手足はびよーんと長くてピンク色、一つ目でツルッ禿、尖った細かい歯で「カコカコカコカコ」って笑う。
まあ、見るからに妖怪だ。
どこがおかしいかと言うと、町の誰もがみんな見たことがある「珍しくもなんともない妖怪」なんだ。

2005年8月11日木曜日

rain

今日もパビムンな雨が降る。
お気に入りのレインコートを着てレインブーツを履いて、わたしは買い物に出掛ける。
パンは今朝食べ尽くした。
アパートの階段を降りたところで空を見上げてから
レインコートのフードをすっぽり被り、雨の中に入っていく。
雨音が消える。
だってパビムンな雨だもの。

2005年8月10日水曜日

パビムン畑

少し郊外に出ると、そこにはパビムンの畑が広がっていた。
パビムンというのは、この地でしか採れないらしい。
一面のパビムン畑は、異様な光景である。
恐ろしくて逃げ出したくなる衝動に駆られながら、私は畑の中を歩いた。
写真を撮り、栽培者に話を聞かなければならないのだ。
だが、畑に入ってから人間の姿は見当たらない。
私は改めて景色をゆっくりと眺めた。
まず、この匂いが耐えられない。
青々とした畑は、焦げ臭かった。逃げなければ焼け死んでしまいそうだった。
花は目玉にしか見えない。
風に揺れる幾千万の目玉。
「あ……」
私は、たぶん気絶する。

2005年8月8日月曜日

バビムン遺跡

その奇岩地帯に遺跡が発見されたのは、つい半月前のことである。
ツルツルしたドーム型の岩がそびえ立つその一帯に、人間が都市を作っていたとは誰も想像していなかった。
なにしろ岩の上は滑りやすく、岩の下は狭すぎて
珍しい景色にも関わらず人々は近寄ろうとしないのだ。
年に一度か二度、冒険家が転落死するニュースで
人々は奇岩地帯があったことを思い出す。

遺跡は「パビムン」と名付けられた。
都市は、岩の内部に作られていた。
奇岩はビルディングだった!と新聞は見出しに付けた。
細い螺旋階段の回りに部屋が作られていた。
岩と岩を結ぶ通路はあちこちにあるが
岩への出入口は一カ所、それも屈んで入るような小さいものしか見つかっていない。
おそらく一生のほとんどを岩の中で過ごしたのだろう。
羊もビルディングの中で暮らしていたらしい。
パビムンの人々の生活が解明されるのはこれからだ。
最近、パビムン遺跡を真似た丸い屋根を付けた建物が人気らしい。
ビルディングやマンション、もちろん名前は「パビムン」である。

2005年8月7日日曜日

「パビムン!」

私がその町に入ったのは、夕方だった。
石作りの家々が並ぶ細い路地を歩くと、夕飯の匂いがあちこちから漂ってくる。
私は空腹を意識せずにはいられない、
小さな食堂を見つけてドアを開けた。
「パビムン!」
と奥から出てきた娘が言った。
私が何も言わずにいると、娘はもう一度「パビムン」と言い、空いている席を指した。
私が席に着くと、隣の髭面の男が私に笑顔を向けて「パビムン」と言った。
私は「パビムン」と言った。挨拶ならば同じ言葉を返せばいいだろう。
男は満足そうに頷き、食事に戻った。
私は充分混乱していた。
この国の挨拶は「ヤッチラ」ではなかったか?
「パビムン」初めて聞く言葉だ。あとで辞書を引いてみなければ。

娘がメニューを持ってきた。
メニューは「ラタトゥーユ・パンかライス」とある。
ラタトゥーユ、夏野菜のトマト煮だ。それでいい。
私が「ラタトゥーユ」と言うのを遮るように
娘は「パビムン? パビムン、パビムン」と言う。
私はライスの文字を指しながら「パビムン」と言った。
ラタトゥーユは旨かった。

2005年8月6日土曜日

パビムン理論

パビムンによる相対的絶対値がパビムン値である。
パビムン値に9.8736を乗算し、公式パビムンのxとする。
公式パビムンの解は、即ちパビムンである。

2005年8月4日木曜日

名曲パビムン

私が好きな曲は「パビムン」。
ジャズのスタンダードナンバーだ。
初めて買ったラジオのスイッチを入れた時に、流れてきたのが「パビムン」だった。
派手な曲ではない。静かなラッパの(後にコルネットと知る)フレーズが繰り返される。
初めて買ったレコードも「パビムン」だった。13才だった。
レコード屋の親父に「パビムンなんか聴くのか? 珍しい子だな」と言われた。
私はレコードを引ったくるように受け取り、家に帰った。
それからは「パビムン」が収録されているレコードは何でも集めた。
ほかの曲は無視して「パビムン」ばかり聴いた。
今聴いているのは、チョット・バカリーの「パビムン」だ。

2005年8月3日水曜日

双子のパビムン

兄はパビムン、弟はバピムン。
二人は双子。
たった今産まれたばかり。

2005年8月2日火曜日

魔女のパビムン

王様が魔女を呼び付けた。
若い魔女だが、評判になっていた。
噂を聞き付けた王様は、さっそく魔女を呼び
「世界一美しい馬が欲しい」と言った。
魔女は深くお辞儀した。
魔女は、まだ少女と言っていいほど若かった。
深く被った黒いフードから覗いた上目使いの視線に、王様はタジタジとなった。
魔女は、マントの懐から出した薬を細い指で壷に入れた。
王様は呪文を待った。まだこの幼い魔女の声を聞いていない。
そして魔女は叫んぶ。
「パビムン・パビムン・ラミラミラー!」

2005年8月1日月曜日

虫のパビムン

二足歩行の虫は「パビムン」と名付けられた。
20ミリほどで、直立して手を擦り合わせながら歩く。
胴体は緑色の筒状である。
触角は長く、卵はひとつしか産まない。
好物はグリーンティと判明した。
発見者のパビムン氏は「竹の小枝が歩いているようだった」と語った。

お利口さん

女は紅緋の着物を着ていた。唇も髪飾りも爪も、同じ色をしていた。
一目で「嫌だ」と思った。「こっちに来るな」と思った。
でも、女は近づいてきた。音もなく寄ってきて、私の頭を撫でる。
「お利口さんね」
声も紅緋色。
「お利口さんね……お利口さんね」
女は、そう言って私の頭を撫で続けた。
「お利口さんね」
私は全然いい子じゃないのに。お母さんにもお父さんにも「お利口さん」なんて言われたことがないもの。
私は心の中で呟いた。
「いいえ、お利口さんよ……とてもお利口さん」
女は言った。
撫でられている頭が温かくなってきた。
だんだん眠くなってくる。

【紅緋 C0M90Y85K0】

恋するパビムン

パビムンが家に帰ると、扉に顔が付いていた。
「パビムン、おかえりなさい」
顔は美しい女の顔で、声は鈴のように軽やかだった。
顔は玄関の扉だけではなかった。
便所の扉にも顔はあった。
「お腹の調子はどう? パビムン」
冷蔵庫の扉にもあった。
「お野菜もたくさん食べてね」
寝室の扉にもあった。
「おやすみなさい、パビムン。いい夢を」
まもなく、あらゆる扉に顔があるわけではないと気付いた。
パビムンが開け閉めする扉に現れる、のだ。

パビムンは、顔に恋をした。
扉の顔に話し掛け、キスをするようになった。
顔は、しっとりと応えた。
しかしすぐに不満になった。
顔と声では足りなくなった。
手や胸や腰に触れたいと思った。

パビムンは、扉の顔を持つ女を探す旅に出ることにした。