2005年3月30日水曜日

A MEMORY

月が石につまずいた。
「おっとっと。おや、この石は631年前にも会ったことがある。懐かしいなぁ!」
「なつかしいってなに?」
少女が尋ねる。
「昔のことを思い出すと、懐かしい気持ちになる。キナリは小さい時のこと、覚えているか?」
「わからない。でもおばあさんだった時のことはよくおぼえてる。手も足も痛いし、すぐ疲れるし、耳はよく聞こえないし、おばあさんはもうこりごりだったよ!」

2005年3月29日火曜日

お月様とけんかした話

「ヤ」
月がおさげ髪に触れるのを少女は拒んだ。
少女の髪は腰の近くまである。色は薄く、毛は細く、くせがある。
「どうして?」
「いやったら、嫌なの!」
「珍しいな、と思ったのだ。キナリがそうして髪を結っているのを、はじめてみたから」
その長い髪を特別に手入れしているようにも、執着があるようにも見えないが、彼女のたたずまいの半分は、長い髪が作ったものである。
「うまく出来てるじゃないか。よく見せてみな」
「だめ」
「だからどうして?」
「……おじいちゃんがしてくれた」
少女は祖父の顔を写真でしか知らない。

2005年3月27日日曜日

月とシガレット

警笛が鳴る。
月と少女は夜の港にいた。アフリカから到着した貨物船から降りてきた船長を目ざとく見つけ、少女は駆け寄る。
「船長!」
「キナリ、大きくなったなぁ」
「アップルタイザーは?」
「あっちだ。もうすぐ降ろし終わるよ」
少女は、すぐに駆け出した。持ってきたリュックをアップルタイザーのみどり色の瓶で一杯にするであろう。
月は、船長にボロボロの紙幣を渡す。船長は月明かりに紙幣を透かしニヤリとした。
「本物だね」
「皮肉な奴だ」
船長からワンカートンの煙草を受け取る。

「キナリは何を買ったのだ?」
「アップルタイザー。ナンナルにはあげない。ナンナルは何買ったの?」
「煙草」
月は大きく煙を吐く。
「あ、月が雲に隠れた」

2005年3月25日金曜日

ある夜倉庫のかげで聞いた話

「あそこ嫌い」
少女は古い倉庫が立ち並ぶ辺りを指して言った。
「どうして?カクレンボができて面白そうではないか。行ってみよう、私が一緒ならば、怖くないだろう?」
月と少女は手を取り合って歩き出した。
一番大きな倉庫のそばに来ると、月明かりが遮られて真っ暗になった。
少女には隣にいる月の姿が見えなくなる。だが、手を繋いでいるからどうにか泣き出さずにいる。
【月は昔、チーズだった。】
「ナンナル!変な声がするよ」
「シッ。大丈夫だ。老人が古い物語を語っているんだよ。聞いていよう」
【ミイラ取りに行くネズミの大切な食糧となっていたが、段々と月は減り、ツルツル真ん丸だった月はデコボコのガタガタになった。これをクレーターと呼ぶ。デラックス百科事典268頁より】
「痛っ。キナリ、何するんだ」
「なんだ、チーズの味しないね」
月は何万年もネズミに食べられてはいないが、「キナリの歯形」という新たなクレーターが誕生した。

2005年3月23日水曜日

箒星を獲りに行った話

「ホーキ星?流星と違うの?」
「あぁ、流星とは似て非なるものだ。箒星は流星のように悪さはしない」
「ふーん」
月と少女は箒星を獲りに港へ出掛けた。今夜はアフリカからの船はない。
「ナンナル…夜の海、怖い」
「港には何度も来ているではないか」
「船長のいるときにしか来たことない」
「そうか…よし、ここに座って待とう」
少女は黙って波音に身を預ける。

「キナリ、聞こえるか?」
波音の間に、アスファルトを擦る音。
「うん、シュッシュって音がする」
「真後ろに来たら、振り向いて捕まえる」

「それ!」
「ホーキ星さんつかまえた!」
「あらら~捕まっちゃいました~。では、ホーキに乗ってください~。行きますよ~。出発~」
そしてステキなホーキドライブ。

2005年3月22日火曜日

ハーモニカを盗まれた話

「ハーモニカが、ない」
 月が言った。
「はーもにか?それ何?」
「キナリはハーモニカを知らないのか」
「知らない」
「楽器だよ。金属で出来ていて、小さな四角い穴がたくさん空いている。細長くて手に乗るくらいの大きさだ。こうして口に当てて吹く」
「これ?」
 少女はポケットからハーモニカを出した。
「それだ!どうしてキナリが持ってる?」
「ナンナルの鞄に入ってた。キレイだったからポケットに入れておいたの」
「……それは、盗んだというんじゃないのか?」
「ゴメンナサイ。ねぇ、ナンナル、それ吹いてみて」
 月は少女をおぶさり、ハーモニカを吹きながら歩いた。
 少女は月の調べに身をまかせ、眠る。

2005年3月21日月曜日

流星と格闘した話

「しまった!キナリ、流星に見つかったぞ」
流星の獲物の印しである紫の大蜘蛛をたった今、月と少女は倒した。
流星は月に近づく。月は逃げられない。相手は流星である、速さでは到底敵わない。
流星は馬乗りになって月を殴りつける。月も負けじと蹴り上げる。
少女は格闘している星と月を眺めた。
リンゴ味の飴を頬張りながら「やれ!」だの「そこだ!」だのと声を掛ける。
しばらくして流星に近づいた。
「キナリ、離れていろ」
月が止めるのも構わない。
少女は流星にキスをした。
「飽きた」
リンゴ味の甘酸っぱいキスに、流星は毒気を抜かれる。

2005年3月20日日曜日

投石事件

「おい、キナリ!何やってるんだ!」
 少女は通行人の背中に向けて石を投げつけていた。彼女の手に余るほどの大きな石を。
「あ、ナンナル」
「キナリ、危ないじゃないか。知らない人に石なんかぶつけちゃダメだろう」
「だって、あの人の背中、紫のクモがついてる。大きいの。クモがついてるほうが、危ないんだよ」
「……本当だ。キナリは石をぶつけてあのクモを退治できるのか?」
 紫の大蜘蛛、それは流星に狙われている証拠である。放っておくわけにはいかない。
「そうだよ。石、投げていいでしょ?」
「ちょ、ちょっと待て。こっちにしよう」
 月は少女に流星の天敵を渡した。
「これ何?こんな小さいのでクモをやっつけられるの?」
「梅の種。流星はこれが大嫌いなんだ!さあ、投げろ!」
「マカセトケ!」
 見事、少女の投げた梅の種は紫の大蜘蛛に命中した。

2005年3月19日土曜日

星をひろった話

「ナンナル、これなに?」
キナリが差し出したのは、透明で小さな石だった。
ガラスの破片のようにも見えるが、もっと滑らかでもっと冷たい。
「どこで見つけた?」
「あちこちに落ちてる。キレイだから拾ってオルゴールの箱に入れてあるの。でもなんだかわからない。ナンナルは知ってる?」
「ちょっと見せて」
月の手のひらに載せられた石は、まぶしいくらいに輝いた。
「すごい!ナンナルが触ると光るんだ!どうして?」
「キナリ、これは星だよ。」
月は驚く。星はそこらじゅうに落ちているわけではないし、
やすやすと人間の子供に見付かるほどバカではない。
「キナリも光らせたいな」
少女は星を小指でくすぐっている。その方法は、あながち間違っていない。

2005年3月18日金曜日

月から出た人

「こんばんは、お嬢さん。お名前は?」
「キナリ。おじさんは?」
「私の名前?名前は……ナンナル」
「変わった名前だね」
「お互いさま」
キナリ、と名乗った少女は毎晩月を見ていた。
月は、少女と話したくなった。ただそれだけ。

2005年3月17日木曜日

躑躅満開

 ツツジの花をもぎ取って蜜を吸ってみた。小学生の頃は学校帰りによくやったものだ。
二つ目の花をもいだとき、蝶が襲ってきた。完全に不意打ち。
{それを吸うな}
「これはオレんのだ」
{人間はこんなの吸わなくても死にやしないだろ。こっちは命かかってるんだ。人間め!花を返せ}
蝶は涙を流しながらオレを殴る。
「まだこんなに咲いてるじゃないか……」
 と言うのはやめた。必死な蝶を目の前に、急速に気分が沈んでいた。景気が悪いのも、戦争が終わらないのも、地球が温暖化しているのも、みんなオレが悪いんだよなあ。
 オレはひたすら蝶に殴られ続けた。躑躅色が目に染みる。

2005年3月15日火曜日

パイロット

自慢の蝶型飛行機で飛び回るネズミの
背中のリュックサックに入っているビスケットを
ひそかに狙っている橋田さんが
いつも昼寝している公園を
見回りに来ている警備員さんが
家で飼っているネズミは
蝶型飛行機のパイロット

2005年3月14日月曜日

再び会うために

ぼくは前、ちょうちょだったと思う。思う、じゃない。絶対ちょうちょだった。
サナギとして眠っていた時の気持ち、花の蜜の味、羽を通る風、全部覚えている。
だから、ぼくはちょうちょを捕まえる。
友達だったモンシロチョウのしげ子ちゃんに会うために。

2005年3月13日日曜日

危機一髪

「プップーー!!!」
クラクションと急ブレーキの悲鳴に、ぼくは振り返った。
たった今渡り終えた横断歩道の真ん中で黄色いビートルが停まった。
?!
ビートルの上に何かが浮いている…。黒と黄色のまだら。
数え切れないほどのアゲハ蝶が、二年生くらいの男の子を包むように取り巻いていた。
アゲハ蝶の大群は、ぼくのすぐ脇まで来て男の子を地面に降ろすと、あちこちに散っていった。
男の子も、駆けて行った。

2005年3月11日金曜日

毎蝶新聞、夕刊記事より

大浦銀筋豹紋さん(56才)胸を圧迫されて殺害の上連れ去られる。
家族の話によると、大浦さんは自宅近くで夕食の鵯花(ヒヨドリバナ)を集めているところを何者かに襲われた。胸を強く圧され、即死。犯人は遺体を持ち去った。
蝶族の誘拐事件に詳しい浅間一文字氏は「遺体は三角の棺に入れられ運ばれた後、天翅板で磔にされミイラ化します。犯人がその後、ミイラをどのように扱うのか、ミイラにする目的などは未解明です」と話す。
最近、誘拐事件が頻発しており、特に食事時は周囲への注意が疎かになり危険だという。

2005年3月10日木曜日

鈴が鳴るとき

 ピエロはしゃぼん玉から現れた。
 宿題を済ませたリオは部屋の明かりを落とし、窓を開け、しゃぼん玉を吹く。住宅街の街灯に、リオのしゃぼん玉が照らされ、弾ける。
 窓際の床にしゃがんでいるリオの傍らには、小さなラジオが置かれている。流れてくるのはリオの知らない言葉だ。何を言っているのかわからなくても構わない。ただ誰かが生きている気配と、時間の流れを感じられればよかった。ラジオが伝える零時の時報を確かめるとリオは最後のしゃぼん玉を吹き、それが弾けるのを見届けてベッドに向かう。それがリオのおやすみの儀式。
 今夜、零時のしゃぼん玉が街灯に照らされ輝いた時、ピエロが現れた。爪先が長くカールした靴を履き、細かな刺繍の施されたベストを着、赤い鼻をつけ、先っぽに大きな鈴の付いたとんがり帽をかぶっている。ピエロは子供だった。リオは自分と同い年だとすぐにわかった。
 ピエロは丁寧にお辞儀をして踊りはじめる。クタクタとしたその滑稽な動きにリオは笑った。身を翻すたび、その小さく引き締まった身体は街灯を反射して七色に輝いたが、帽子の鈴は決して鳴らなかった。リオが拍手をするとピエロはふわりとリオに近付いてきて窓の前でとまり、そのまま浮かんでいる。窓の向こうとこちら、しかし開け放たれた窓は二人を遮らない。リオとピエロは見つめあった。ピエロは灰色の瞳を動かさない。
 リオは誰かとこんなにも深く長く見つめあったことはなかった。リオもピエロも視線を外さなかった。リオは視線のはずしかたを知らなかったし、はずしたくなかった。もっと近くで、そう思うとリオの手がゆっくり伸びた。
「ダメ、だよ」
 ピエロが呟き、リオはすばやく手を退いた。ピエロの声がリオの体内でこだまし、リオの髪を胸を背中を足を撫でていく。二人はさらに深く見つめあう。
 リオは窓の外へ身を乗り出した。ピエロは何も言わずに小さく笑う。リオのくちびるがピエロに触れる。チリン。とんがり帽子の鈴の音を残してピエロは消えた。
 しゃぼん玉はいつか弾ける。リオはもう、しゃぼん玉を吹かない。


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千文字世界 投稿作品

2005年3月9日水曜日

深刻な問題

顔面に蝶が張り付いた。
左の頬にべったりと。
「参ったな」
理由その1 痒い
理由その2 変人扱いされる
理由その3 鏡が気になる
理由その4 蝶の健康が気になる
理由その5 蝶の配偶蝶を捜さなければならない
理由その6 産まれた毛虫は無事成長するか
理由その7 現在の蝶に代わり私の頬に張り付く子蝶はいるか

2005年3月8日火曜日

蝶の羽に穴

もう、逃がさない。

2005年3月7日月曜日

春の使者

梅の花は咲いた。
「さてと」
私は一年振りにステッキを取り出した。おじいさんと呼ばれて腹が立つことはないが、杖を使うほど足は衰えてない。
「仕事だよ」
ステッキのお役目の時が来たのだ。
私はステッキを持って散歩に出る。石を見つけてはステッキの先でちょいちょいと突く。
蝶が飛び始める前に、全部済ませなければならない。
石にだって春の訪れを知らせてやらなきゃ、えらいことになるのだから。
石ころを突くのは老人の特権だ。

2005年3月6日日曜日

マジックではないマジックのこと

レオナルド・ションヴォリ氏、本日は掃部くんと外遊び。
ションヴォリ氏がちょうちょを捕まえる。
「ほいさっ!カモンくん、捕まえたぞ」
掃部くんの着ている変な動物の着ぐるみについている12のポケットのうち寝てばかりのネズミの羅文と四文が入っているポケットに、掃部くんはちょうちょをしまう。
ちょうちょが入ってきてネズミは目を覚ました。羅文と四文はちょうちょで遊ぶのが大好き。羅文と四文にあれこれくすぐられて、ちょうちょはたまらず飛び出した。
「れおなるど、ちょうちょがたくさん」
へんな動物のお腹から、おびただしくちょうちょが飛び出す。
「1.2.3……あー、待て待てちょうちょ。そんなに飛び回っては数えられないではないか。もう一度。1.2.3……」
ポケットに入れたちょうちょは一頭。ポケットから出たちょうちょは空一面。
掃部くんは驚きもしない。

2005年3月5日土曜日

春の呪文

ウラウラテフテフヒラヒラ

2005年3月4日金曜日

困った人たち

私の周りには蝶が好きな人が多い。
ママは蝶の柄のカーテンやベッドカバーがお気に入りで、隣のマサくんは蝶を捕まえて標本にしている。
クラスで仲良しのケイちゃんは、チョウチョのキーホルダーを名札に付けている。いつも身につけていたいんだって。
ママが私を褒める時と、ベッドカバーを丁寧に直す時は、同じ顔。
マサくんが標本を自慢するときと、私を「俺のカノジョ」を紹介するのは同じ顔。
ケイちゃんは「あげはちゃん」をどこでも連れて歩きたがる。あーあ。

2005年3月2日水曜日

新学期

「アサギマダラ。安田くんに、ぴったりね」
五年生の担任になったマサミ先生は、始業式の後、ぼくにそう耳打ちした。
ぼくの蝶に気付いたのは、おばあちゃんだけ。先生は二人目だ。すごくすごくびっくりした。でも、すごくすごくすごくうれしい。
たぶん今年はがんばれる。うん。先生の目はキレイだ。

2005年3月1日火曜日

新氷河期のはじまり

煙突から蝶が昇る。
工場の煙突、銭湯の煙突、暖炉の煙突、釜の煙突、汽車の煙突。
その日は世界中の煙突から煙の代わりに蝶が吐き出された。
あちこちで排出された蝶が空へ向かって舞いあがる。
世界は火を止めた。

ついに自動車もバイクも蝶をふかす。エアコンの室外機からも換気扇からもコンピューターのファンからも蝶が飛び出す。
世界は自主的に停電した。

空一面に蝶。
科学者は世界最大のコンピューターから排出された蝶を捕まえた。新種の蝶だった。それを確認して電源を切る。

世界中の昆虫マニアは満足した。実に268年振りの蝶の新種だ!と。彼らは例外なく自分の家の煙突や車やパソコンから出た蝶を捕獲していた。

蝶で覆われた夜は暗く静かだった。そうだ、夜は暗いのだ。人々は368年振りに闇を知った。

翌日、空の蝶は跡形もなく消えたが、その夜も暗かった。そして空腹だった。
あらゆる煙突、空気孔が完全に塞がってしまったから。
ほら、火も電気も使えない。

降るまで

 退屈だった。朝食のメニューも、通学路も、先生の冗談も、友達との会話も、すべて退屈だった。
 昨日は赤い絵の具の雨が降った。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて真っ赤に染まった。
 今日は青い絵の具の雨が降る。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて紫に染まっていく。
 明日は何色の雨が降るのだろう。やがてこの世は真っ黒になるのかもしれない。そう思うと、うそみたいに退屈は消えていった。


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500文字の心臓 第47回タイトル競作投稿作
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