懸恋-keren-
超短編
2002年6月25日火曜日
カーテンコール
彼女は四十年間、たったひとりでビルの地下にある、この店を切り盛りしていた。
メニューはホットコーヒーとケーキだけ。
店の中は、薄暗いが清潔で、心地よい音量でレコードがかけられていた。
私はかれこれ二十五年通ったことになる。
会社に勤め始めたばかりのころ、ここは唯一、自分に戻れる場所だった。
転職したあとも年に数回は必ず立ち寄って、彼女と二、三言葉を交した。それで充分だった。
若かった私と、中年になった私を融和しに、来ていたのだ。
私は、美味い珈琲より大事なものを今、失った。
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