超短編
「ちゃんと計算したか?」と問われる。「はい、新鮮な巨峰で」と答える。確かめ算のたびに、どこからともなく小石が降る。ときどき綺麗な石が降ると「あ、水晶!」「アメジストかな?」計算は中断。はじめからやり直し。巨峰が疲れてくる。綺麗な石が降らないかわりに計算ミスが増え、今日も残業。(138字)
時間は、みかんに任せるとよい。数ある柑橘の中でも、みかんをおすすめする。午前の仕事をやっと終えた私はレストランへ向う。西の空は茜色だが、あくまでランチだ。ウエイターは私の手の中のみかんをチラリと見て「ご昼食ですね」と言った。自分の望むタイミングで行動したいなら、みかんに限る。(138字)
よく回る梨だ。「きっと音楽が聴けるよ」と八百屋がいう。レコードに梨を乗せた。ヘタをレコードの溝に当てると音が鳴った。梨が加速する。音楽も早回しになり、煙が出てきた。音楽はすべて煙になり、レコードはツルツルに、梨は皮が剥けた。私は梨を食べ、煙を吸い込んだ。溜め息は大好きなあの歌に。(140字)
父の描いた水墨画は天気が変わる。雨の日、風の日、雪の降る日。私は父の絵が大好きだ。「よっこらせ」父がうれしそうに苺を買ってきた。「これは重くなるぞと思ったら、帰り道からどんどん重たくなった」と自慢する。ずっしりと重く、甘酸っぱい香りがする。父はこの重い苺を文鎮にして水墨画を描く。(140字)
「もしもし」よいイチジクが手に入ったので、いとこに電話をした。「久しぶり。元気?」いとこの声もプチプチしている。「そっちもイチジク?」「そう!」互いに祖母の声に似てきたと笑い合う。季節問わず通信できるかもと、乾燥イチジクを試したこともあったがメール三文字、高確率で文字化け繧、繝√(140字)
夜の散歩にはバナナだ。手に馴染み、あたたかく光る。買ったばかりの、先が少し青いバナナが懐中電灯によい。バナナで夜道を照らして歩くと小さな生き物や、もう生きていない物がよく見える。怖くはない。だが三日月の晩は要注意。バナナが月と入れ替る。手の中のものが月だと気付いた時の恐怖たるや。(140字)
八百屋で買ってきたリンゴに穴のあいたものがあった。ちょうど鉛筆くらいの穴だったので、青の色鉛筆を突っ込んでみると、キリリと尖った。削りカスも出ない。これは素敵な鉛筆削り器だ。24色全部削ったらリンゴの穴は貫通してしまった。覗くと、青い空があった。色とりどりの雲が忙しなく流れていく。(140字)