2020年11月30日月曜日

塔 #novelber day30

 町で一番高い塔は、電波を出しているわけではない。「塔が欲しい」という町民の総意で建てられたものだ。毎日、町民の誰かがてっぺんに登って、町を見下ろす。昔、この町にあって、毎日誰かが登っていたポプラの樹の代わりだそうだ。

2020年11月29日日曜日

白昼夢 #novelber day29

「夢だったらいいのに」イヤな事があるとそう思う癖がある。目が痒いとか、皿洗いが面倒とか。ある時、その日二十八回目の「夢だったらいいのに」で、身体の感覚がヌルリと入れ替わるような心地がした。以来、自分の足音すら愉快だ。現だったらいいのに。

2020年11月28日土曜日

霜降り #novelber day28

「本物の霜を織り込んだ生地なの、素敵でしょう?」冷たい風の中、彼女はくるくると回ってみせる。スカートが広がる。彼女とは冬にしか会えないし、抱きしめれば必ず風邪を引く。翌日、彼女が踊ったところは昼になってもびっしりと霜に覆われていた。

2020年11月27日金曜日

外套 #novelber day27

 赤木赤吉は父から受け継いだ古ぼけた重たい外套を嫌っているが買い替える金がない。重たいばかりでちっとも暖かくない外套を、せめて軽くしようと、裏地を取り、ボタンを外し、襟を切り、袖を取り……外套とは呼べない代物になった。今年の冬は寒い。

2020年11月26日木曜日

寄り添う #novelber day26

  杖は老人のことが好きだった。塗装の剥げた持ち手も誇らしい。不安定に掛けられる体重も、しっかり支えなければと踏ん張った。今、杖の出番は減りつつある。老人は外出が減り、横になっている日が増えた。それでも杖はベッドに凭れて老人に寄り添う。

2020年11月25日水曜日

幽霊船 #novelber day25

 生前、どんなに大破した船でも直すと評判だった造船技師、今は幽霊船とその乗組員から名医として慕われている。「先生、風邪で『うらめしや』が波音に負けてしまうんよ」と言われれば「それじゃ代わりに警笛を大音量にしとこうかね」といった具合である。

2020年11月24日火曜日

額縁 #novelber day24

  描き上がった絵に見合った額縁の選び方がわからない。重厚、シンプル、デコラティブ。どれも違う気がする。だからいつも無人額縁屋におまかせだ。額縁が乱雑に積み上がった店内に絵を置いて帰ると、翌日にはおすまし顔で絵が待っている。お代は空き缶に。

2020年11月23日月曜日

ささくれ #novelber day23

 ささくれを引き千切ろうとしたら大慌てで止められた。あまりの慌てっぷりに笑うと、いつになく真剣な顔で「『ささくれは、世界の綻び』って、おじいちゃんに言われなかった?」と、ガサガサの指先を舐められた。きみの舌にささくれが刺さるのを感じる。

2020年11月22日日曜日

遥かな #novelber day22

 船に乗って遠い昔の国に行きたいと、古書店で古い海図を買った。ひんやりと硬質な感触がある海図だった。図や文字ははっきりと読める。航海に支障はなさそうだ。意気揚々と船出し南へ向かったが、まもなく冷たかった海図は温くなり、そして船ごと溶けた。

2020年11月21日土曜日

帰り道 #novelber day21

  何しろ誘惑の多い帰り道なのだ。野原を駆け、隧道で足音を響かせ、小さな洞窟の脇を通る。十数分の道のりに数時間は掛かる。共に帰る級友の中には人間でないのもいるが、特に気にしない。自分もかつて狐狸の類だったような気がするから。


2020年11月20日金曜日

地球産 #novelber day20

 「これは珍しい一品ですなぁ」ジロジロ見られるのは気分がいいものではない。私が地球人とわかるや否や、「有識者」がぞろぞろ集まってきた。故郷の言葉であらん限りの悪態を吐くが彼らには通じず、喜ばれる一方である。や、やめろ、そこを触るな。

2020年11月19日木曜日

カクテル #novelber day19  

 トマトジュースを使った酒ばかりを飲む私を見て「トマトジュースが好きなんだね」とあなたは言う。「そうじゃないよ」と、色々説明を試みるけれど、あなたはなかなかわかってくれないから、隠している牙をチラリと光らせてみる。まだ気が付かない。

2020年11月18日水曜日

微睡み #novelber day18  

  眠っているのか、いないのか、わからない。そんな時に必ず聞く声がある。それを聞くと身体が痺れるほど切なくなって、その後は何も手に付かなくなる。わかっているのに、日々、午睡を試みる。が、声の主にはお見通しのようだ。簡単には微睡めない。

2020年11月17日火曜日

錯覚 #novelber day17

 「こんにちは」と声が聞こえたような気がするが、あたりには人はいないし、猫もいない。あるのは石ころで、たった今、この石ころに躓いたのだ。「こんにちは」と返して、拾って、「うちに来る?」と聞いてみた。仲良くなれそうな気がする。

2020年11月16日月曜日

無月 #novelber day16

 雲が厚いせいで、せっかく御粧ししたというのに地上の人々はちっともこちらを見上げてくれない。月は、どうにか雲を取り払おうとぐんぐん地球に近づいていく。海が騒がしくなってきた。

2020年11月15日日曜日

オルゴール #novelber day15

 母から譲られた古い箱型のオルゴール。若い頃の母はここに香水を大事に仕舞っていたそうだ。ぜんまいを巻き蓋を開けると、途切れ途切れの音が鳴る。いくつも歯が欠けていて、本当のメロディーはわからないのに、香りはちっとも薄れない。

2020年11月14日土曜日

うつろい #novelber day14

 一年が途方もなく長いのだ。「年を取れば短くなるよ」なんて言われるが、長くなる一方だ。食べ忘れのラーメンのように伸び延びになった僕の時間は、ついに四季の変化さえもわからなくなった。カレンダーを一年分まるごと食べて少しでも四季を感じたい。

2020年11月13日金曜日

樹洞 #novelber day13

 子供の頃、あちこちで拾った「宝物」を隠していた樹洞を譲ってくれとリスに頼まれ、イヤだと断ったら喧嘩になったことがある。

2020年11月12日木曜日

ふわふわ #novelber day12

 雪の予報はなかったはずなのに、曇り空から白いものが降ってくる。庭へ出て、手のひらで受けてみると雪ではなく、ふわふわであった。これを、集めて丸めて玉にすると猫が喜ぶのだ。

2020年11月11日水曜日

栞 #novelber day11

 最後のページをビリッと破いて、次に読む本の栞にする。そんな奇妙な癖があった叔母の遺した大量の「栞」を綴じて本を作った。物語たちの最後が連なり、新しい物語が生まれる。

2020年11月10日火曜日

誰かさん #novelber day10

 泣きたい帰り道、足元の黒い人を見つめて歩く。励ましてくれるわけでもなく、頭を撫でてくれるわけでもなく、ただ一緒に歩いてくれるだけの誰かさん。日が落ちるといなくなってしまう誰かさん。

2020年11月9日月曜日

一つ星 #novelber day9

 旅していた星がそろそろ空に帰ろうかと辺りを見渡した。ところが水平線を見誤ったのだ。空だと思ったところは紺碧の海で、星はまもなくここが空ではないことに気が付いたが、居心地がよかったので海の一つ星として暮らすことにした。

2020年11月8日日曜日

幸運 #novelber day8

仕事? ドライバーだ。運送屋だよ。運ぶのは、幸せ。幸せ運びは、それほど難しくない。大きなトラックである必要はないし、重たくて腰を痛めることもない。いい仕事だろう? 
 と、「ドライバー」を名乗る人は笑顔を貼り付けたような面で語る。

2020年11月7日土曜日

秋は夕暮れ #novelber day7

 夕日の中を鴉が寝所へ飛び急ぐ。二羽、三羽……二十羽、三十羽……二百羽、三百羽……。鴉たちの寝所は、近所の人間は誰も寄り付こうとしない不気味な古い屋敷である。

2020年11月6日金曜日

双子 #novelber day6

 人形を作った。作ったのは一体だったが、「よし、出来上がり」と言った途端、二体に増えた。二体は本当にそっくりだけど、作る時に失敗した箇所をよくよく見てみると僅かに違いがある。もともと双子だったのだろう。

2020年11月5日木曜日

チェス #novelber day5

「ここでお待ちください」と通されたのは市松模様の床の、広い部屋。指示があるまで動くなと言われて退屈なので、その格子を数えてみたら、どうやら自分がチェスの駒になるらしいことに気が付いた。ポーン。

2020年11月4日水曜日

琴 #novelber day4

 「何度張り替えても弦が切れるから、もういらない」と捨てられた琴だが、弦がなくとも「春の海」だけは奏でられるので、正月には仕事が入ると思っている。

2020年11月3日火曜日

落葉 #novelber day3

  もう一枚残らず葉を落としてしまったのに、心地のよい冷たい風が吹くと、葉を落としたくてうずうずしてしまう銀杏の大木。

2020年11月2日月曜日

吐息 #novelber day2

 七色の息を吐く人と接吻したら、青息吐息だけ色が出るようになってしまった。


2020年11月1日日曜日

門 #novelber day1  

 ある邸宅の門扉に花が一輪、括り付けられている。あくる日、一輪増えている。毎日、一輪ずつ花は増える。花は萎れる気配もなく日に日に門扉は花で埋まっていく。
 もうこれ以上どこにも余地はなく、門扉は完全に花で埋め尽くされたと見えた翌日、一斉に花は枯れた。