目覚まし時計より早く目が覚めたのは、息苦しさを覚えたからだった。深呼吸をしようとして、やっぱり息苦しい。そしてなんだか視界が暗いというか狭いような気がして、目を擦ろうとした。が、手に触れたのは瞼ではなかった。なにか硬いもの。
家族を起こさないように慎重に起き上がって、洗面所に行く。狭い視界で鏡を見て、「んあっ!」とよくわからない声が出た。鬼がいた。
鬼面が顔に張り付いているらしい。恐ろしい顔の鬼だった。
外そうとしたけれども、外れない。引っ張っても痛くはない。狭くて暗い視界、少しの息苦しさ。お面と顔の間には隙間、確かに隙間があるのに、ぴったりと吸い付いているかのように動かない。
家族が起きだすまでにどうにかしなくちゃならない。子供たちはきっと大泣きするだろう。通報されるのを覚悟で外に出てみることにした。
まだ暗い外には、人の気配はなかった。なんとなく鳩公園のほうに歩いた。鳩公園にはたくさんの鳩がいて、それはもう、おびただしい数の鳩なのだ。不気味なのだろう、遊んでいる子がいるのを見たことがない。
早朝にも関わらず鳩公園には足の踏み場もないくらいに鳩がいた。公園に一歩踏み入れると、一斉に鳩がこちらに注目した。背筋が凍る。
ババババババババババババ
顔に何かが命中する。すごい数だ。
ババババババババババババ
小さな粒がお面に当たっているようだ。目に入る心配はないのに、ぐっと目を閉じ、歯を食いしばる。
唐突に音が止み、顔が軽くなった。そっと目を開けると、何食わぬ顔の鳩たちと、足元には散乱した大豆。そして、鬼の面。
氷砂糖さん企画 #同じ骨
2016年12月18日日曜日
十二月十八日 作戦:夕食
ここのところ、夕食中に何者かによる攻撃を受け、なかなか落ち着いて食べることができずにいた。
これまでの作戦としては、「何者かを監禁する」「何者かを手で追い払う」「何者かを大声で威嚇する」などがあったが、あまり効果はなかった。
本日も何者かによる攻撃が予想されたが、何者かの睡眠時間と夕食が重なったおかげで、攻撃はなかった。
久しぶりの平和な夕食であった。
これまでの作戦としては、「何者かを監禁する」「何者かを手で追い払う」「何者かを大声で威嚇する」などがあったが、あまり効果はなかった。
本日も何者かによる攻撃が予想されたが、何者かの睡眠時間と夕食が重なったおかげで、攻撃はなかった。
久しぶりの平和な夕食であった。
2016年12月9日金曜日
十二月九日 玉葱玉ねぎたまねぎ
玉葱と玉ねぎとたまねぎについて考えていたら、涙が出てきた。考えていただけで、タマネギは切っていない。
涙は赤茶色なのに、涙を拭いたハンカチは黄色く染まった。私は白いハンカチしか持たないのだから、これは困ると思って慌てて洗濯したけれど、点々と黄色が残ったままだった。
よく見ればその点々とした黄色は猫の足跡の形で、それを辿っていったら玉葱の魔宮に取り込まれることがわかっていたので、玄関に飾った。クリスマスの飾りにちょうどいいと思う。
涙は赤茶色なのに、涙を拭いたハンカチは黄色く染まった。私は白いハンカチしか持たないのだから、これは困ると思って慌てて洗濯したけれど、点々と黄色が残ったままだった。
よく見ればその点々とした黄色は猫の足跡の形で、それを辿っていったら玉葱の魔宮に取り込まれることがわかっていたので、玄関に飾った。クリスマスの飾りにちょうどいいと思う。
2016年12月7日水曜日
十二月七日 インターホンは痛がっている
インターホンが新しくなった。カメラ付きになり、防犯上も安心である。
ところが、このインターホン、インターホンの癖にボタンを押されると涙を流すのだ。おかげで訪問者の主に右人差し指が濡れてしまう。
チャイムはどうしても「いたーい。いたーい。」と聞こえるし、それはもう悲痛な叫びなのだが、よいこともあった。近所の悪ガキたちによる「ピンポンダッシュ」が一切なくなったのである。
ところが、このインターホン、インターホンの癖にボタンを押されると涙を流すのだ。おかげで訪問者の主に右人差し指が濡れてしまう。
チャイムはどうしても「いたーい。いたーい。」と聞こえるし、それはもう悲痛な叫びなのだが、よいこともあった。近所の悪ガキたちによる「ピンポンダッシュ」が一切なくなったのである。
2016年11月24日木曜日
十一月二十四日 パトロール
大雪である。季節外れの雪の中、近所のパトロールに出かけた。雪の日にパトロールに出かけるのは私の恒例である。たとえ季節外れでも欠かすことはしない。
雪はどんどん降る。途中で、シロクロの野良猫と一緒になった。彼(たぶん雄猫)も同じく雪の日のパトロールだそうだ。我々はしばらく共に歩き、雪の降り方と人の足跡と猫の足跡を確認し合った。
私は彼の黒い模様を褒めた。「君の身体は雪の日にとても美しく映える」。彼は私の青い傘を褒めた。側溝に入ると言う彼と別れて、私は家に戻った。青い傘についた雪は、なかなか解けなかった。
雪はどんどん降る。途中で、シロクロの野良猫と一緒になった。彼(たぶん雄猫)も同じく雪の日のパトロールだそうだ。我々はしばらく共に歩き、雪の降り方と人の足跡と猫の足跡を確認し合った。
私は彼の黒い模様を褒めた。「君の身体は雪の日にとても美しく映える」。彼は私の青い傘を褒めた。側溝に入ると言う彼と別れて、私は家に戻った。青い傘についた雪は、なかなか解けなかった。
2016年11月15日火曜日
十一月十五日 排水トラップの罠
ぴちょん ぴちょん ぴ ちょん ぴちょん
洗面所の排水管が壊れたらしい。水滴が落ちる音がする。
じっと目を凝らしても、水を流しても、水は落ちない。ちょっと離れるとまた「ぴちょん」。
私は排水管と「だるまさんがころんだ」をやる趣味はない。
駆け付けたおじさんは、素晴らしく鮮やかに修理をしてくれた。それはもう、目にもとまらぬ速さで。
「排水管も知恵をつけてきてね……手早くやらないと、騙されるんで……最近、このテの排水管故障が多いんですよ、この後もう一軒、同じような工事が入っているので、じゃ、失礼します!」
そう言うとおじさんは去っていった。
工事代金は9720円。
洗面所の排水管が壊れたらしい。水滴が落ちる音がする。
じっと目を凝らしても、水を流しても、水は落ちない。ちょっと離れるとまた「ぴちょん」。
私は排水管と「だるまさんがころんだ」をやる趣味はない。
駆け付けたおじさんは、素晴らしく鮮やかに修理をしてくれた。それはもう、目にもとまらぬ速さで。
「排水管も知恵をつけてきてね……手早くやらないと、騙されるんで……最近、このテの排水管故障が多いんですよ、この後もう一軒、同じような工事が入っているので、じゃ、失礼します!」
そう言うとおじさんは去っていった。
工事代金は9720円。
2016年10月27日木曜日
十月二十七日 旅支度
明日は雨だから傘が要る。寒そうだから上着も。
もっと肝心なものは、壊れかけたノートパソコン、大瓶の外国産ビール、瓶詰ピクルス。
割れ物だらけだから、慎重に梱包してリュックに詰める。かなり重い。
「よし。」
腰に手をやって、荷物を眺める。
「なにが『よし。』だ。明日は一体どこに出かけるんだ?」と、独りごちた。
スケジュール帳を見ても空欄で、まったくもってわからない。
もっと肝心なものは、壊れかけたノートパソコン、大瓶の外国産ビール、瓶詰ピクルス。
割れ物だらけだから、慎重に梱包してリュックに詰める。かなり重い。
「よし。」
腰に手をやって、荷物を眺める。
「なにが『よし。』だ。明日は一体どこに出かけるんだ?」と、独りごちた。
スケジュール帳を見ても空欄で、まったくもってわからない。
2016年10月26日水曜日
2016年10月18日火曜日
天空サーカス
祖父はサーカスのブランコ乗りだった。と言っても、それは祖父が若いころの話だから、私はサーカスをしている祖父を見たことはない。
祖父は、ブランコ乗りの片鱗を私に一度も見せることなく、89歳で亡くなった。私にとって祖父は「カメラが大好きなおじいちゃん」であり、サーカスの花形だった青年ではない。私は祖父の運動神経もバランス感覚も受け継がなかったけれど、写真好きは受け継いだ。
祖父の残した古いカメラは、どれもこれも手入れが行き届いていた。撮った写真もきちんとアルバムに整理されていた。その中に、「空」と題したアルバムを見つけた。
そういえば、祖父はときどき青空にカメラを向けていた。あれは写真を撮る前のちょっとした儀式のような趣があった。一瞬、空に向かった後は、いつもの笑顔で私たち孫を撮っていたから、幼い私は気に留めていなかったし、シャッターを切っているとは思っていなかった。
「空」のアルバムには、青空と、サーカスが写っていた。昼間の月のような、白いサーカス。天空で揺れるブランコに、すらりとした青年がぶら下がっている。淡く、白い、ブランコ乗り。
祖父のカメラを持って、庭に飛び出した。夏の青空にカメラを向ける。
祖父は、ブランコ乗りの片鱗を私に一度も見せることなく、89歳で亡くなった。私にとって祖父は「カメラが大好きなおじいちゃん」であり、サーカスの花形だった青年ではない。私は祖父の運動神経もバランス感覚も受け継がなかったけれど、写真好きは受け継いだ。
祖父の残した古いカメラは、どれもこれも手入れが行き届いていた。撮った写真もきちんとアルバムに整理されていた。その中に、「空」と題したアルバムを見つけた。
そういえば、祖父はときどき青空にカメラを向けていた。あれは写真を撮る前のちょっとした儀式のような趣があった。一瞬、空に向かった後は、いつもの笑顔で私たち孫を撮っていたから、幼い私は気に留めていなかったし、シャッターを切っているとは思っていなかった。
「空」のアルバムには、青空と、サーカスが写っていた。昼間の月のような、白いサーカス。天空で揺れるブランコに、すらりとした青年がぶら下がっている。淡く、白い、ブランコ乗り。
祖父のカメラを持って、庭に飛び出した。夏の青空にカメラを向ける。
2016年10月14日金曜日
2016年9月14日水曜日
天国の耳
天使たちは、天に召された者たちの耳を収集する癖がある。
天に召されると身体の部位がいったん解けて散るのは、よく知られていることだが、耳が外れるとすかさず天使たちがそれを捕獲するというのは、死んでみて初めて知る者が多いようだ。
ごくまれに風変りな天使もいて、鼻や親指の爪を集めるのがいるが、ほとんどの天使は耳に群がる。耳を集めることは天使の本能なのかもしれない。
耳は、大切に保管される。美しく装飾された箱に収められ、専用の保管庫に並べられる。三日と経たずに箱から出され、磨かれ、また仕舞われる。 ときどき、耳を巡って天使同士の喧嘩や盗みや強奪も起こる。
天国とは、そういうところだ。
天に召されると身体の部位がいったん解けて散るのは、よく知られていることだが、耳が外れるとすかさず天使たちがそれを捕獲するというのは、死んでみて初めて知る者が多いようだ。
ごくまれに風変りな天使もいて、鼻や親指の爪を集めるのがいるが、ほとんどの天使は耳に群がる。耳を集めることは天使の本能なのかもしれない。
耳は、大切に保管される。美しく装飾された箱に収められ、専用の保管庫に並べられる。三日と経たずに箱から出され、磨かれ、また仕舞われる。 ときどき、耳を巡って天使同士の喧嘩や盗みや強奪も起こる。
天国とは、そういうところだ。
2016年8月15日月曜日
東京ヒズミランド
【東京目黒区西が丘1丁目にヒズミが発生しました。お近くの方はヒズミの除去にご協力ください】
ぼくは「ヒズミ除去装置」をポケットに入れて外に出る。 ドアを開けた途端に、景色にノイズが掛かり、耳鳴りに襲われた。ヒズミ発生場所は、我が家のすぐ目の前だったのだ。近くだとは思ったが、油断した。
あっという間にヒズミに飲み込まれる。「おい、大丈夫か!」とヒズミ除去のために集まった人々が一斉に装置を起動するのがわかったが、間に合わなかった。
ぼくは東京ヒズミランドに取り込まれる。噂が正しければ、ヒズミランドが逆歪むまで、毎夜パレードで道化なければならない。
ぼくは「ヒズミ除去装置」をポケットに入れて外に出る。 ドアを開けた途端に、景色にノイズが掛かり、耳鳴りに襲われた。ヒズミ発生場所は、我が家のすぐ目の前だったのだ。近くだとは思ったが、油断した。
あっという間にヒズミに飲み込まれる。「おい、大丈夫か!」とヒズミ除去のために集まった人々が一斉に装置を起動するのがわかったが、間に合わなかった。
ぼくは東京ヒズミランドに取り込まれる。噂が正しければ、ヒズミランドが逆歪むまで、毎夜パレードで道化なければならない。
2016年7月23日土曜日
ひょんの木
祖父はその木を「ひょんの木」と呼んでいた。ひょんなこと、としか言いようのない出来事だった。6歳のある日、祖父の家の庭で遊んでいた私は躓いて、地面に手をついた。そこには、くっきりと私の手形がついた。
そして、その手型の通りの幹を持った木が、そこに生えた。私が大きくなるのと同じく、幹も太くなった。
気味が悪くて、祖父に頼んで何度も伐採した。根本近くで切っても、すぐに枝葉を伸ばした。
伐採した切り口は、私の手とぴったり合わさる。それは、もっと気味が悪いことであった。そのうち伐採を頼むことはしなくなった。
私は、祖父の家を譲り受け、ひょんの木と共に過ごすことになった。祖父の年をとうに越え、足元にも自信がなくなってきた。
そして、ひょんの木の傍らで、また躓いた。ひょんなことである。6歳のときと違ったのは、手を付いたのは地面ではなく木であったことだ。
ひょんの木は私の体重を支えきれず、乾いた音を立てて、折れた。私はひょんの木と共倒れになり、声も出せず、青い空を見上げている。
そして、その手型の通りの幹を持った木が、そこに生えた。私が大きくなるのと同じく、幹も太くなった。
気味が悪くて、祖父に頼んで何度も伐採した。根本近くで切っても、すぐに枝葉を伸ばした。
伐採した切り口は、私の手とぴったり合わさる。それは、もっと気味が悪いことであった。そのうち伐採を頼むことはしなくなった。
私は、祖父の家を譲り受け、ひょんの木と共に過ごすことになった。祖父の年をとうに越え、足元にも自信がなくなってきた。
そして、ひょんの木の傍らで、また躓いた。ひょんなことである。6歳のときと違ったのは、手を付いたのは地面ではなく木であったことだ。
ひょんの木は私の体重を支えきれず、乾いた音を立てて、折れた。私はひょんの木と共倒れになり、声も出せず、青い空を見上げている。
2016年7月22日金曜日
七月二十二日 クロワッサン売り切れ
どうしてもクロワッサンが食べたくて、パン屋を5軒巡ったが、どこもかしこも売り切れなのだ、クロワッサンだけが。
あんぱんも、チョココロネも、クリームパンも、メロンパンもあるのに、クロワッサンだけ売り切れ。
「どうしてでしょうねえ」
「今日はモンスター日和だからかもしれません」
「モンスターはクロワッサンを食うのですか」
「いや、私もよくは知らないんですけれど」
と、店の人やほかの客と言葉を交わしたが、まったくもってよくわからない。
6軒目のパン屋で、潰れたクロワッサンをようやくゲットできた。美味かった。
あんぱんも、チョココロネも、クリームパンも、メロンパンもあるのに、クロワッサンだけ売り切れ。
「どうしてでしょうねえ」
「今日はモンスター日和だからかもしれません」
「モンスターはクロワッサンを食うのですか」
「いや、私もよくは知らないんですけれど」
と、店の人やほかの客と言葉を交わしたが、まったくもってよくわからない。
6軒目のパン屋で、潰れたクロワッサンをようやくゲットできた。美味かった。
2016年7月2日土曜日
七月二日 エスカレーター男
エスカレーターを動かすおじさんは、普段は見えないところで働いているはずなのだが、蒸し暑い週末の夕暮れ、エスカレーターもエスカレーターを動かすおじさんも油断していたらしい。
大型スーパーのニ階で、おじさんは黙々と上りエスカレーターの下段で手すりを回している。人々が怪訝な顔でおじさんの横を通り過ぎる。
「見えてますよ」と小さく呟いたが、おじさんの耳には届かなかったようだ。
大型スーパーのニ階で、おじさんは黙々と上りエスカレーターの下段で手すりを回している。人々が怪訝な顔でおじさんの横を通り過ぎる。
「見えてますよ」と小さく呟いたが、おじさんの耳には届かなかったようだ。
2016年6月23日木曜日
2016年6月13日月曜日
六月十三日 梅雨とキノコ
私はその大きな傘にだんだんと近づき、追いつき、追い越した。追い越し際にチラリと大きな傘の主に目をやると、小さな婆さんであった。
そして、婆さんが歩くたび、傘の内側から、ブワッと赤い粉が僅かに吹き出すのだった。
その胞子を吸い込んでいいのか、悪いのか、一瞬逡巡し、大きく息を吸ってみた。 なんの匂いもしなかった。
2016年5月14日土曜日
2016年5月10日火曜日
五月十日 駅前の道端で入れ歯を拾った話
老人Y氏に聞いた話。ある日、Y氏は駅前の道端に入れ歯が落ちているのを見つけた。
Y氏は自身も歯で苦労しているから、「落とした人はさぞ困っているだろう」と、ちり紙に包んで拾って、交番に届けることにした。すると、入れ歯が突然「警察はやめてくれ!!」と喚きだしたそうだ。
Y氏は、入れ歯に負けない大声で説教をしながら交番へ向かった。お巡りさんは、迷惑そうに入れ歯の遺失物届けの手続きをしていたそうだが、その頃には入れ歯はすっかり大人しくなって、自白でもしそうな様子だったという。
Y氏は自身も歯で苦労しているから、「落とした人はさぞ困っているだろう」と、ちり紙に包んで拾って、交番に届けることにした。すると、入れ歯が突然「警察はやめてくれ!!」と喚きだしたそうだ。
Y氏は、入れ歯に負けない大声で説教をしながら交番へ向かった。お巡りさんは、迷惑そうに入れ歯の遺失物届けの手続きをしていたそうだが、その頃には入れ歯はすっかり大人しくなって、自白でもしそうな様子だったという。
2016年5月6日金曜日
五月六日 空き缶を拾う
コロコロと転がってきた空き缶を拾ったら、厳密には空き缶ではなかった。中に雷神様が入っていたからだ。「出してくれ~」と声がするので、どうにか振って、引っ張って、雷神様を出す。手乗り雷神。
缶が古びたので、新しい缶に住み替えたいと雷神様は言う。「お好みの缶はありますか?」というと「麦酒」という。私がビールを買いに行っている間、雷神様はひと暴れし、夏が近づいた。
缶が古びたので、新しい缶に住み替えたいと雷神様は言う。「お好みの缶はありますか?」というと「麦酒」という。私がビールを買いに行っている間、雷神様はひと暴れし、夏が近づいた。
2016年4月21日木曜日
2016年4月12日火曜日
四月十二日 笛吹き男とHello, Goodbye
公園で横笛を吹くおじさんは、身なりは立派なのに傍らに汚れたツギハギだらけの巾着袋をたくさん置いている。
若い娘が、ビートルズを歌いながら、おじさんと巾着袋の前を通り過ぎていった。おじさんの横笛が奏でるメロディーはビートルズではないし、娘の歩く速度は、ちっともSay,goodbyeではない。
若い娘が、ビートルズを歌いながら、おじさんと巾着袋の前を通り過ぎていった。おじさんの横笛が奏でるメロディーはビートルズではないし、娘の歩く速度は、ちっともSay,goodbyeではない。
2016年4月6日水曜日
2016年4月1日金曜日
四月一日 歯医者へ
歯医者に行ったら、歯の神経を抜くことになった。
「なんとか神経を抜かずに済みませんかね?」と懇願したが、無理なようだった。
「もう神経は死んでいますから、取ってしまわないと大変ですよ」
「本当にもうダメになってるんでしょうか、この歯の神経は」
「ええ、これはもうダメです」
そういって、医者は私の歯茎に麻酔を打ち、施術を始めた。
「こりゃどういうことだ」と医者が呟く。
「ろうひゃひまひたひゃ(どうかしましたか)」
「死んだはずの神経が踊っている、こんなのはみたことがない」
疲れた顔の医者に、「その神経は、死んだふりをしていたんでしょうか、それともゾンビだったんでしょうか」とは聞けなかった。
「なんとか神経を抜かずに済みませんかね?」と懇願したが、無理なようだった。
「もう神経は死んでいますから、取ってしまわないと大変ですよ」
「本当にもうダメになってるんでしょうか、この歯の神経は」
「ええ、これはもうダメです」
そういって、医者は私の歯茎に麻酔を打ち、施術を始めた。
「こりゃどういうことだ」と医者が呟く。
「ろうひゃひまひたひゃ(どうかしましたか)」
「死んだはずの神経が踊っている、こんなのはみたことがない」
疲れた顔の医者に、「その神経は、死んだふりをしていたんでしょうか、それともゾンビだったんでしょうか」とは聞けなかった。
2016年3月17日木曜日
2016年3月10日木曜日
2016年3月8日火曜日
三月八日 ダンボール
大きいダンボールに中くらいのダンボールを入れて、中くらいのダンボールに小さいダンボールを入れて、小さいダンボールにもっと小さいダンボールを入れて、そして豆本をそっと入れようとしたら、大きいダンボールが大きすぎて、一番小さいダンボールに手が届かない。 ぐっと手を伸ばしたら、大きなダンボールに転げ落ちて、ここがどこだかわからない。
2016年2月25日木曜日
二月二十五日 ヤギさん
郵便配達員が、携帯電話で話をしている。気難しそうにウロウロとスクーターの周りを歩きながら、「はい、はい。ヤギさんが。はい、こちらでも把握しておりますが、はい」
八木さんがどうしたのだろうか。そういえば、最寄りの郵便局の窓口に八木さんという人がいる。先日、八木さんからヤギの図柄の切手を買った。
家に着く。最近、玄関に立つと、小さな聞き慣れない音が聞こえる。どこから聞こえるのかわからない。少し気になるが、家に入るとすぐに忘れてしまう。
一息入れて、ラジオを付けると「小さなヤギによる郵便物の盗難が多発している」というニュースが流れた。
慌てて玄関に出る。ポストに近づくと、あの小さな音がはっきり聞こえてきた。紛れもなく咀嚼音。
八木さんがどうしたのだろうか。そういえば、最寄りの郵便局の窓口に八木さんという人がいる。先日、八木さんからヤギの図柄の切手を買った。
家に着く。最近、玄関に立つと、小さな聞き慣れない音が聞こえる。どこから聞こえるのかわからない。少し気になるが、家に入るとすぐに忘れてしまう。
一息入れて、ラジオを付けると「小さなヤギによる郵便物の盗難が多発している」というニュースが流れた。
慌てて玄関に出る。ポストに近づくと、あの小さな音がはっきり聞こえてきた。紛れもなく咀嚼音。
2016年2月10日水曜日
2016年1月16日土曜日
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