祖父はその木を「ひょんの木」と呼んでいた。ひょんなこと、としか言いようのない出来事だった。6歳のある日、祖父の家の庭で遊んでいた私は躓いて、地面に手をついた。そこには、くっきりと私の手形がついた。
そして、その手型の通りの幹を持った木が、そこに生えた。私が大きくなるのと同じく、幹も太くなった。
気味が悪くて、祖父に頼んで何度も伐採した。根本近くで切っても、すぐに枝葉を伸ばした。
伐採した切り口は、私の手とぴったり合わさる。それは、もっと気味が悪いことであった。そのうち伐採を頼むことはしなくなった。
私は、祖父の家を譲り受け、ひょんの木と共に過ごすことになった。祖父の年をとうに越え、足元にも自信がなくなってきた。
そして、ひょんの木の傍らで、また躓いた。ひょんなことである。6歳のときと違ったのは、手を付いたのは地面ではなく木であったことだ。
ひょんの木は私の体重を支えきれず、乾いた音を立てて、折れた。私はひょんの木と共倒れになり、声も出せず、青い空を見上げている。