硝子戸にワイングラスを投げつけたら、どんな音がするだろう。
大した音じゃないかもしれない。石ころを投げつけたほうが余程派手でわかりやすい音がするに決まってる。誰が聞いても「今、ガラスが割れた!」ってわかる音がね。
でも石ころみたいに固くて握りやすくて投げやすいものじゃないんだ、この場合。この場合、ってのは今の僕の現実。空っぽのワイングラスを持って右往左往している。
ワイングラス。細くて薄くて軽くて透明で、繊細さに欠ける僕の手はどこをどう持っても壊してしまいそうで、何度持ち上げてもすぐにテーブルの上に戻してしまう。
だからいっそのこと壊してやりたくなったんだ。盛大に、ガッシャーンと。
そう決めてからも僕はワイングラスを上手く持てない。おずおずとつまみ上げてはテーブルに戻してしまう。
床に落とすのは簡単だ。けれど、床が相手では不足なのだ。ワイングラスに負けず劣らず薄くて透明なものは、あの食器棚の硝子戸しかない。
そこまでわかっているのに、僕は動けない。
何を迷っているんだ? 答えははっきりしているじゃないか。
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