サーカス団のアジトはオンボロアパートの地下にある。
公園での夜の稽古から帰ってきたへたっぴな三人は、眠っているへたっぴでない団員たちを起こさぬように抜き足差し足。
ライオンのコギュメは初めから足音を立てることはない。だってライオンだもの。コギュメが歩いているのは団員たちのベッドの上。コギュメに踏みつけられているのに、だーれも目を覚まさない。
綱渡りのニイナは一昨日まで乳飲み子だった息子ナイムに右目でウィンクする。ナイムはお帰りのダンスで二頭と母を迎える。ニイナが左目でウィンクするとナイムはダンスを止めて、すやすや夢のくにへ。
最後に帰ってきたのは、ゾウのミマノだ。ミマノは尻尾でくるくる玉乗りの玉を回しながら歩いてきて、音もなく投げ、玉の籠へと片付けた。
こんなに器用な三人の姿を団員は誰も知らないから、いつまでたってもへたっぴサーカスなのだ。なにしろ二頭と一人も、これが芸になるとは思っていないから、披露したことがない。
でも本当は、感心して毎夜見物しているのお客さまがいる。オンボロアパート102号室に住む98歳のおばあちゃま。床の穴から覗き込んで目をぱちくりさせたあと、見物料にレーズンを三粒落とす。穴にはレーズンより大きいものが入らない。
けれど、そのレーズンは、オンボロアパートに住むネズミ一家がすぐに食べてしまうから、二頭と一人はレーズンをもらっていることを知らない。