死んだザリガニを標本にしているなんて、ちっとも知らなかった。
十年振りに入った幼なじみの部屋は、子供の頃の記憶と繋がるものは何一つなかった。壁いっぱいに整然とならんだ硝子瓶のなかはすべてザリガニで、そのほかには机とベッドがあるだけ。
けれども、ここにあるザリガニの標本はわたしが付いていった時に捕ったものばかりだという。
「でも、あの頃はザリガニを標本にしたなんて話はしていなかったよね?」
ベッドに浅く腰を下ろして尋ねる。
「そうだよ。子供の時捕ったザリガニは、しばらく飼って、死んで、庭に埋めた」
じゃあ、ここにある標本のザリガニは……。
「甦らせたんだ」
彼の睛の奥に、蒼い炎が灯るのが見えた。
分厚い鍵付きの黒い本を、彼はいとおしそうに抱える。