昨日はクマが来た。
はちみつたっぷりのコーヒーが好きだと聞いて
キリマンジャロとアカシアのはちみつとクッキーを用意した。
クマは、とても喜んだ。私も嬉しかった。
クマをもてなすのは初めてだから、ちょっと心配だったのだ。
ただひとつ失敗だったのは、大きくて丈夫なストローを準備していなかったこと。
家にはたくさんストローがあったけれど、どれもクマには小さすぎたし、柔らか過ぎた。
クマははちみつ入りコーヒーを飲むのに36本もストローを使ったのだ。
2006年11月30日木曜日
2006年11月28日火曜日
ブラックコーヒーに落とし物
「それ、飲ませて」
私の飲んでいたコーヒーを少年は指差した。
「いいけど、これ苦いよ」
私はブラックが好みだ。しかも冷めたのが。
「わかってる」
少年はコーヒーををゴクゴクと飲み、いかにも苦い顔をした。
「ほら、見ろ。苦かったろ」
顔とは裏腹に、戻っていく少年の足取りは軽く、背中はどこか堂々としていた。
返ってきたコーヒーは、甘い桃の香りがした。
私の飲んでいたコーヒーを少年は指差した。
「いいけど、これ苦いよ」
私はブラックが好みだ。しかも冷めたのが。
「わかってる」
少年はコーヒーををゴクゴクと飲み、いかにも苦い顔をした。
「ほら、見ろ。苦かったろ」
顔とは裏腹に、戻っていく少年の足取りは軽く、背中はどこか堂々としていた。
返ってきたコーヒーは、甘い桃の香りがした。
切り傷
冷たい風が、頬を切る。でも私は歩くことしかできなかった。
コートの襟をぐいと合わせて、ただ歩いた。
コーヒーが飲みたいな。
頭の中で呟いたつもりだったのに、大きな声で言っていた。
「じゃあ、喫茶店に入ろう」
と強引に喫茶店へ連れ込まれた。この人は、たぶん私の頬を傷つけた北風だ。あんなに冷たい風が吹いていたのに、窓の外は穏やかに晴れているもの。
ゆっくりコーヒーを飲む北風氏の指に触れてみたかったけれど、指を絡めたらきっと私の指はまた血だらけになってしまう。
だから歩いていたのに。何度傷つけられたら気が済むのだろう。
コートの襟をぐいと合わせて、ただ歩いた。
コーヒーが飲みたいな。
頭の中で呟いたつもりだったのに、大きな声で言っていた。
「じゃあ、喫茶店に入ろう」
と強引に喫茶店へ連れ込まれた。この人は、たぶん私の頬を傷つけた北風だ。あんなに冷たい風が吹いていたのに、窓の外は穏やかに晴れているもの。
ゆっくりコーヒーを飲む北風氏の指に触れてみたかったけれど、指を絡めたらきっと私の指はまた血だらけになってしまう。
だから歩いていたのに。何度傷つけられたら気が済むのだろう。
2006年11月24日金曜日
2006年11月22日水曜日
2006年11月21日火曜日
2006年11月20日月曜日
だれにも見えない
だんだんと沈みゆく夕日に照らされて、塔はアスファルトに影を落とした。 夕日が沈むのと速度を合わせて、塔の影は伸びていく。ぐんぐん伸びて、耳が生え、しっぽが生え、とうとう塔の影は巨大な猫になった。
でもそれは、ほんの一瞬のこと。猫だと気づかれる間もなく日は沈みきって、影猫は消えてしまう。
だれにも見えない、大きな塔と大きな影猫のお話。
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「夕やけだんだん」点字物語2006、出品 天の尺賞&高杉賞受賞
地域雑誌「谷中根津千駄木」86号掲載
イベント「超短編の世界」2008.12.14朗読作
この作品は、視覚障害のある方が点字で音読することを前提に書き下ろしたものです。
2006年11月17日金曜日
2006年11月15日水曜日
俯く理由
鼻に人参を生やしていたら、家に帰れない。母さんに何言われるだろう。
僕は近所の公園のベンチで顔を覆って途方に暮れていた。
「どうしたの?」
お向かいの四歳年上のミサちゃんが声を掛けてくれたら、なおさら顔を上げられない。
「ねえ、顔あげて……食べてあげるから」
思いがけない申し出に、僕は思わず顔を上げてしまった。
ミサちゃんは何も聞かなかった。黙々と僕の鼻に生えた人参を食べていた。
僕は少しづつ近付いてくるミサちゃんの形のいい鼻を見ていた。
僕の眉間にミサちゃんの鼻が触れたのと同時に、鼻の穴と穴の間をペロっと舐められた。
「帰ろうか」
人参はなくなったけど、僕はまた顔が上げられない。
僕は近所の公園のベンチで顔を覆って途方に暮れていた。
「どうしたの?」
お向かいの四歳年上のミサちゃんが声を掛けてくれたら、なおさら顔を上げられない。
「ねえ、顔あげて……食べてあげるから」
思いがけない申し出に、僕は思わず顔を上げてしまった。
ミサちゃんは何も聞かなかった。黙々と僕の鼻に生えた人参を食べていた。
僕は少しづつ近付いてくるミサちゃんの形のいい鼻を見ていた。
僕の眉間にミサちゃんの鼻が触れたのと同時に、鼻の穴と穴の間をペロっと舐められた。
「帰ろうか」
人参はなくなったけど、僕はまた顔が上げられない。
2006年11月14日火曜日
2006年11月12日日曜日
2006年11月10日金曜日
お嬢さん、お逃げなさい
「そんなに焦って食わなくともよいではないか」
友人は鼻息荒く両手に一本ずつバナナを持ち、交互に食べていた。
「ここに来る途中、若い娘に会ったから、歌ったよ。『お嬢さんお逃げなさい』って」
そのお嬢さんに彼の歌はなんと聞こえただろう。
必死の形相でハナナに食らいつく友人の姿が哀しい。
もうすぐ冬眠の季節だ。
友人は鼻息荒く両手に一本ずつバナナを持ち、交互に食べていた。
「ここに来る途中、若い娘に会ったから、歌ったよ。『お嬢さんお逃げなさい』って」
そのお嬢さんに彼の歌はなんと聞こえただろう。
必死の形相でハナナに食らいつく友人の姿が哀しい。
もうすぐ冬眠の季節だ。
2006年11月9日木曜日
2006年11月7日火曜日
2006年11月4日土曜日
2006年11月3日金曜日
2006年11月1日水曜日
鍋奉行
「まさか春菊に限って」
わたしは頭を抱えた。
春菊と夫は、鍋の具を入れる順序やタイミングで喧嘩をしていた。
「わたしはまだ鍋に入るべきではない。時期尚早である」
と春菊は言った。
「鍋奉行に逆らう気か! どうせオレに食べられる運命なのだ。おとなしくしろ」
夫はやや興奮気味に言った。夫が鍋の具とやり合うのは、これが初めてではない。しらたきや白菜とは何度も言い争いをしている。だが、どんな騒ぎになっても春菊だけはいつでも沈黙していたのだ。
「いいえ、いけません」
春菊はきっぱりと言った。
大騒ぎになるのに夫は鍋が好物で、私はこの楽しくない食事に困っている。ちっともおいしくない。
夫は歯向かう春菊に向かってまくし立てながらも箸を休めない。
「あ、頃合いになった」
春菊は、自ら鍋に入った。
威勢よく文句を言い続けていた夫は、呆気ない結末にぽかんとしている。
私は久しぶりに春菊をおいしくいただいた。
わたしは頭を抱えた。
春菊と夫は、鍋の具を入れる順序やタイミングで喧嘩をしていた。
「わたしはまだ鍋に入るべきではない。時期尚早である」
と春菊は言った。
「鍋奉行に逆らう気か! どうせオレに食べられる運命なのだ。おとなしくしろ」
夫はやや興奮気味に言った。夫が鍋の具とやり合うのは、これが初めてではない。しらたきや白菜とは何度も言い争いをしている。だが、どんな騒ぎになっても春菊だけはいつでも沈黙していたのだ。
「いいえ、いけません」
春菊はきっぱりと言った。
大騒ぎになるのに夫は鍋が好物で、私はこの楽しくない食事に困っている。ちっともおいしくない。
夫は歯向かう春菊に向かってまくし立てながらも箸を休めない。
「あ、頃合いになった」
春菊は、自ら鍋に入った。
威勢よく文句を言い続けていた夫は、呆気ない結末にぽかんとしている。
私は久しぶりに春菊をおいしくいただいた。
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