冷蔵庫は人知れず開く。お盆で帰った亡者のために、お茶を出したり、ビールを出したり。亡者へのもてなしが済むと、そっと扉を閉める。人には見つからないように、冷蔵庫は冷蔵庫なりに気を使うのだ。
が、我が家の冷蔵庫は誰に似たのか粗忽者で、去年の夏も今年の夏も、扉を閉め忘れていた。 明け方、開いたままの冷蔵庫を見つけた私は、飲みかけの缶ビールがあるのを確認した。ばあちゃんが来ていたらしい。「ショワショワしておいしい」と、祖母はわけがわからなくなってもビールを愛飲していた。もうちょっと高級のを置いておけばよかったねえ。
冷蔵庫には、電気が勿体ないし、食べ物が腐るので、ちゃんと閉まっておけとよくよく言い聞かせたのは言うまでもない。
2015年8月10日月曜日
八月十日 しゃぼん玉
しゃぼん玉がひとつ、飛んでいる。フワフワというより、ビュンビュン飛んでいる。誰かに操縦されているようだ。あたりを見回したけれど、ほかのしゃぼん玉も、しゃぼん玉を飛ばしている子も、居ない。しゃぼん玉に見えるそれは、たとえば異星から来た何かなのかもしれない。ちょっと追いかけてみたけれど、ヒュッ!と一気に上昇してキラリ光った後、見えなくなってしまった。
2015年8月6日木曜日
八月六日 指輪の入った箱
指輪が入った箱は意外と大きい。でも、軽い。箱の中の指輪は、カラカラと涼やかな音を立てながら、踊っている。今日もどこかで祝福の指輪が交わされるのだろう。だから指輪は踊り続ける。そのために、指輪の箱は、いつだって大きくなくてはならない。
2015年7月30日木曜日
2015年7月28日火曜日
七月二十八日 下半身の反乱
オシリに注射をされたら、下半身が言うことを聞かなくなった。上半身は北に行きたいのに、下半身は南に行きたい。脳みそは混乱してオイオイ泣く始末。
上半身は意外と冷静で、「それじゃあ、下半身の言うことを聞こう」と提案した。下半身はスタスタ歩いて、電車に乗って、バスに乗って、またスタスタ歩いて、ちょっと迷子になって、やっと着いたのはレンガ造りのギャラリーだった。
「これが見たかったのか」と、上半身納得。
「見るのは頭だけれど」と、脳みそはまた拗ねた。
ちひろ美術館 没後10年「長新太の脳内地図」展で、「下半身の外出」を読んで。
上半身は意外と冷静で、「それじゃあ、下半身の言うことを聞こう」と提案した。下半身はスタスタ歩いて、電車に乗って、バスに乗って、またスタスタ歩いて、ちょっと迷子になって、やっと着いたのはレンガ造りのギャラリーだった。
「これが見たかったのか」と、上半身納得。
「見るのは頭だけれど」と、脳みそはまた拗ねた。
ちひろ美術館 没後10年「長新太の脳内地図」展で、「下半身の外出」を読んで。
2015年7月19日日曜日
七月十八日 大手門へ
エッジの効いた石垣は、よく紙が切れると聞いた。江戸城の石垣はそれはそれは切れ味がよかったらしい。私は皇居に散歩に出掛けることにする。和紙三十枚と洋紙二十五枚を持って。しかし、石垣の切れ味を確かめることはできなかった。雨が降っていたのだ。小脇に抱えた紙束は、ぐっしょりと重たくなっていた。
登録:
投稿 (Atom)
