2010年7月21日水曜日

覇王樹に靠れて

 枯れかけたサボテンをゴミ捨て場で拾ったのと時期を同じくして、恋人が出来た。
 バス停で具合を悪くしていた彼女を介抱したのが出逢いだった。期せずして、彼女とサボテンの世話を焼く生活が始まったのである。幸いなことに、彼女とサボテンは、足並みを揃えるように快方に向かった。
 彼女は、サボテンを心から愛でた。うちへ来ると、真っ先にサボテンに話しかけ、空模様を睨みながらベランダで日光浴をさせる。時々水をやる。自分がいない間の世話の仕方を細かく俺に指示する。
 サボテンに手を掛け過ぎるのは、よくないんじゃないか? と言うと「この子が喜んでいるのが、あなたにはわからないの?」とトゲのある声で非難された。
 サボテンが花を咲かせる頃、彼女は美しいと評判になった。しかし、友人から羨ましがられる毎に、俺の心は冷えていった。彼女の情の全てがサボテンに向いている。
 サボテンが元気ならば自分も元気でいられる、と彼女は信じ切っていた。サボテンに必死に話しかける彼女の髪を、心なく撫でる俺。その構図はどう考えても滑稽だ。まるで彼女を介してサボテンを撫でているようで、髪の毛が手のひらに刺さるような気すらする。痛い。
 サボテンが枯れたら、一心同体を自負する彼女はどうなるだろうか。
 試してみよう。黴だらけの浴室で熱湯に浸した。ベランダで踏みつけ、放置した。腐り始めたところで、生ごみの日に捨てた。
 サボテンが部屋から消えたことに気づくと、彼女はたちまち体調を崩した。
 半狂乱の彼女の額に最後のキスをして、病院行きのバスに放り込んだ。
 手を振り見送り、清々したと、顔が弛む。唇に、鋭い痛みが走った。サボテンの棘が刺さっている。

ビーケーワン怪談投稿作