まだ夏は始まったばかりだというのに、暑い。昨日からロクに外出もせず、ぬるいタオルケットをひたすら弄んでいた。
ふいに、豆腐屋のラッパが聞こえてきた。ずいぶん調子外れな「とーふぃ」だ。
ラッパがまずいからと言って豆腐の味も悪いとは限らぬ。夕飯に冷奴を付けようと、小銭入れとボウルを持って外へ出た。
「絹ごし一丁」
「あいよ」と応えたのは、まだ幼さの残る男だった。
「これは蝉時雨の氷水に放った豆腐だから、冷奴にぴったりだよ」
「蝉時雨の氷水? 喧しそうだな」
「ミンミン蝉やアブラ蝉じゃないから、大丈夫」
男は人懐っこい顔で笑った。
冷奴は蜩の声がした。そういえば、この夏はじめて聞く蜩だ。