真夜中である。ブンブンと尻尾を振り回しながら、猫が近寄ってきた。
「ちょいと頼みがある」と、猫は言った。私は猫の言うことが理解できた自分が理解できない。猫を見下ろしたまま、立ちすくむ。
「まず、おれは、猫ちゃんじゃない。山猫である」
はあ。山猫がなんでここに。
「野暮用である」
相変わらず尻尾を振り回している。
「山猫は尻尾を高速回転させると、人語が操れるのだ。町の猫ちゃんにはできない技だ」
と、言うと、尻尾を止めて鳴いてみせた。
ニャー
「おれたち山猫は、誇り高き山の山猫。一度でいいから、かつお節を食べてみたい」
え?
どうやら「山猫は町の猫ちゃんよりも偉いから、猫ちゃんの食べるものを知らないわけにはいかない」という理屈らしい。
山猫は相変わらず何か盛んに話しているが、だんだんと尻尾の勢いがなくなってきて、ところどころしかわからない。
「ニャーちゃんとニャーがニャーかわいいニャーかつおニャー山猫だニャーニャニャー」
そう言いながら、山猫は通りがかった美人の白猫にフラフラと付いて行ってしまった。春である。
架空非行 第10号