2012年6月28日木曜日

燎原の火の如し

プールにお住まいの若奥さんの作るスープは凄まじく冷えている。
そこで若奥さんは、スープを温め直すためにと火に油を注ぎ、瞬時に沸騰させた。
なんて過激なプールの若奥さん。

There was a Young Lady of Poole,
Whose soup was excessively cool;
So she put it to boil
By the aid of some oil,
That ingenious Young Lady of Poole.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より

2012年6月24日日曜日

チョコレート交換

 フランツ少年は失せ物を探していた。
 でも、町に落ちているのはチョコレートばかり。いちいち拾って帰ったら、あっという間に台所にチョコレートの山が出来た。
「フランツ、このチョコレートをどうにかして頂戴」
 ママは呆れ顔を通り越して、涙目である。
 フランツ少年は、覚えたてのザッハトルテをせっせと作る。来る日も来る日もチョコレートは拾えるが、失せ物は見つからない。そして、作っても作ってもザッハトルテである。
 ザッハトルテが出来上がると、フランツは交番へ向かう。
「落し物を拾ったんです」
 お巡りさんは、「拾得物」の札をザッハトルテに貼り付けながら言った。
 「きみとよく似た子が来ているよ」
 お巡りさんの視線の先には、「遺失物」の札のついたフォンダン・オ・ショコラを抱えた少女が座っている。


 


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コトリの宮殿 スイーツ超短編掲載作 *6.ザッハトルテ



2012年6月23日土曜日

CANDY&ROCKS

一歩町に出れば、子供らがまとわりついてくる。


「キャンディーくれよ、おっちゃん」と、子供らは歌う。


ある子は、ラッパを吹きながら、別の子はフライパンを叩きながら、またある子は踊りながら。


そうして楽団のような子供らを引き連れて、俺は飴岩山に登るのだ。


ツルハシでほら、飴の岩を叩けば、大歓声。


リュックサックにおみやげ詰めな。弟妹にも分けてやるのだぞと歌い聞かせて、下山する。


俺はツルハシを舐めながら、大声で歌う。



2012年6月19日火曜日

台風の声が聞こえる

台風がやってくると、私は小さな土鈴を窓際にぶら下げる。
鈴といっても、中は空で普段は振っても音はしない。
台風の雨風のときだけ、鈴は歌う。
チリンチリンというときもあるし、ヒュルンヒュルンというときもあるし、ルルルルルというときもある。
これは鈴ではなくて、笛なのかもしれないと思って、一生懸命吹いてみたけれど、やっぱり台風のときにしか音は出ない。
「どうして?」と祖父に聞いたけれど、祖父は「作った人が嵐のような人だったから」と遠い目をして言うだけだ。

2012年6月14日木曜日

無題

幼い夕闇は、「こわいこわい」と泣く毎に、己の闇が深まっていることをまだ知らない。



6月14日ついのべの日 お題


2012年6月12日火曜日

夢 第十四夜

鉄パイプで出来た薄い坂道に、身体を挟まれるように滑り降りていくと、汚れた便所に出た。


緑色の土器のような小さな人がいる。


それは私の分身のようなものであると瞬時に把握するが、「分身のようなもの」であって、「私」ではなく「私の子」でもない。


しばらく分身のようなものと対峙していたが、すぐに薄い坂道に滑り落ちてしまう。



2012年6月11日月曜日

踊る

 目の前にピエロが現れた。ピエロは僕を一瞥して、踊り始める。
 激しいステップを踏むのに、足音はしない。涙を流して天を仰ぐのに、嗚咽は聞こえない。
 僕は、ピエロが無音で踊ることを知った。

 ピエロはターンして、鏡になった。
 鏡の中のピエロがじっと僕を見ている。
 僕は踊り始める。音も立てずに、踊り続ける。


2012年6月8日金曜日

アルデンテ

 歯には歯の好みというものがあって、一番好きなのはアルデンテのパスタである。
 しかし、そうそう歯の好みのアルデンテのパスタには出会えない。もちろん舌にはもっと細かな好みがある。
 今日のたらこスパゲティーは、ちょっと柔らかかった。奥歯には不評だった。
 その前のカルボナーラは絶妙なアルデンテだったが、やや味が濃かった。
 口腔内の皆が喜ぶパスタというのは、なかなか難しい。


2012年6月4日月曜日

そこにいる

「そこにいる」が底に居る。そこの底だ。そこそこの底だ。
そこで提案だ。底のほうに向かって話しかけるがいい。
「そこにいる?」
「ああ、そこにいるはここにいる。箱が好きだが、箱はないから底にいる」
こそこそ話のような小さな声が聞こえた。
僕はこれから、そこにいるに会いに行くから、ここからそこに行くよ。


2012年6月1日金曜日

箱庭

子供が箱庭を作っている。


「これは何?」


「これは、佐藤さんちの梅の木」


「これは何?」


「これは、鈴木さんちの浜辺」


「これは何?」


「これは、松本さんの家」


それらは赤や青や黄色の、形容しがたい物体だったが、子供がそう言うのだから、そうなのだろう。


最後に、大きなピーマンを作って真ん中に置いた。それは、誰が見てもピーマンだった。今日の夕御飯は、子供の嫌いなピーマンの肉詰めなのを、私はまだ子供に伝えてはいない。


出来上がった箱庭を、子供はダンボール箱に仕舞った。


「これは、僕の胃袋」


夜中、そっと覗いてみると、箱庭は、滅茶苦茶になっていた。


翌日、子供は腹を壊し、恨めしそうに「お母さん、覗いたでしょう」と言った。