2012年1月3日火曜日

動物の帰郷本能

飼い主がほろっと手を緩めてしまったときに、犬は芳しい香りを嗅ぎつけて、無条件に走りだしてしまったのだ。
その香りの源は、巨大な花だった。犬はすぐに興味を失った。そういえば腹が減っている。
こんなに長距離を全力で走ったのは、生まれて初めてだ。

さて、ずいぶん遠くに来てしまったぞ、と犬は気づいたがどうしようもない。
幸い犬は飼い主の名を覚えていたので、訊いて回りながら帰ることにした。
「ヤマノウエ・ノボルの家を知りませんか」
と犬が訊く。
「おまえ、帰郷本能もないのか? 犬なのに。俺はどこにいても帰れるぜ」
と、ほとんどの犬が答える。
犬は犬としての己の能力のなさを知り、自信を失った。

そうこうしながら彷徨い歩いた。野犬として追い掛け回されたり、保健所に送られそうになりながら、一軒の家に迷い込んだ。
犬は、その家の人間にひどく歓迎された。そして、涙ながらに庭に通されたのだった。
庭では、犬の母が、息を引き取ろうとしている。