2009年10月29日木曜日
十月二十九日 12月について、幾つかの考察未満
四個、12月についての考え事がある。
二つは楽しいことで、ひとつはおじいさんのことで、もうひとつは、去年の12月についてだ。
ここまで書いて、どういうわけか、ケーキのこととご馳走のことを全く考えていなかったことに気が付いた。
12月についての考え事が六個になった。
六個のことをあれやこれやとメクルメク考えるのは、サイコロみたいだ、と思う。
サイコロといえば、来年はどっちに転がるのだろう。
2009年10月26日月曜日
僕たちの世界
と、彼は言う。わたしたちはいつだってどこだって二人ぼっちだった。透明な鳥籠の中の番いの小鳥のように扱われた。皆、親切にしてくれるけれど、それだけだった。
わたしたちは鳥籠から逃げ出さなければならない。それはもう、揺るぎないことなのだ。
「紙飛行機でいいの?」
「紙飛行機がいいのさ」
「今日は雨が降っているよ?」
「大丈夫、雨粒なんかじゃ壊れないよ」
「風が強すぎない?」
「風で飛ぶわけじゃないんだ」
彼はわたしの額にキスをした。不安が吸い取られていくのがわかる。
彼が折ったちょっと不恰好な紙飛行機を手のひらに載せて、私たちは飛び立った。遠くへ
(286字)
2009年10月24日土曜日
泣きっ面に蜂
躁鬱なドーバーのじいさん、相当な素封家になり、浮かれて草原を駆け回る。
どでかい蜂にチクリと刺されて、じいさんは我に返った。
手元のお金は借りた金。騙されたんだ、破産したんだ、糠喜びだ、なんてこった。
蜂に刺された鼻と膝を真っ赤に腫らして、うろたえたじいさんはドサクサに紛れドーバーに後戻り。
There was an Old Person of Dover,
Who rushed through a field of blue Clover;
But some very large bees,
Stung his nose and his knees,
So he very soon went back to Dover.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2009年10月21日水曜日
2009年10月19日月曜日
2009年10月18日日曜日
冷たい紅
どうしたの? と聞く前にキスしてしまうことにした。
冷たかった。温めようとして唇をはむ。舐める。熱い吐息を掛ける。それでもいつまでも冷たかった。
ようやくきみがきみでないと知る。
途端に自分の唇が冷えて行くのを感じる。これから恋人に会いに行かなくてはならない。
(181字)
+創作家さんに10個のお題+
変なのが書けた(ニヤリ)。たぶん一種の吸血鬼譚
2009年10月13日火曜日
きつね味
「バニラアイスを下さい」と言うと、赤いキャップの若者はちょっと困った顔をして
「きつね味しかないのです」
と言った。
きつね味? 私と恋人は顔を見合せたけれど、私たちはとても疲れていたから、どうしても甘い物が食べたかった。
「きつね味ってどんな味なのかしら」
「きつね味のアイスクリームだから、きつねの味です」
「おいしいの?」
「そりゃあ、もう、とっても!」
「それじゃ、きつね味を二つ下さい」
赤いキャップの若者はとても嬉しそうな顔で、コーンからはみ出しそうなくらいにきつね色のアイスクリームを盛りつけた。
きつね味のアイスクリームがきつねの味かどうかはよくわからない。だって、きつねを食べたことがないんだもの。
その後も森を歩き続けたのだけれど、きつねを見掛ける度に恋人が「ちょっと味見してみる?」と言うので、段々その気になってきた。きつね味のアイスクリームは、そりゃあ、もう、とってもおいしかったから、きっと生のきつねはもっとおいしいと思うのだ。
(470字)
2009年10月10日土曜日
偏愛フラクタル
恋人の背中には痣がある。
細かい線が複雑に絡み合って、砂浜で拾った珊瑚を顕微鏡で覗いているみたい。
私はそれを中指で辿る。痣の上を通り過ぎても、そのまま肌の上に指を滑らせる。
すると痣は、それを追いかけるようにすうと拡がる。
「わたし、この痣好き」
恋人は私に言われるまでそんな痣があることを知らなかったらしい。
姿見の前で身体を目一杯ひねっても、私が手鏡の角度を絶妙に合わせても、自分自身では見ることができない。
うつ伏せの背中の上で私の中指が踊る。痣との追いかけっこ。始めは小さかった痣ももう掌よりも広くなった。古い教会のラビリンスのよう。
彼の背中に私の中指が迷い込む。出てこれなくたって、構わない。
(295字)
2009年10月7日水曜日
笑い坊主
僕は諦めて、ぼんやり下ばかり見て歩いている。
「もういいかい」
きっちり百数えてそう叫んだけれど、応えはなかった。たぶん、はじめから僕を置き去りにするつもりだったのだ。
僕は僕の影を見つめて歩く。このまま家に帰ったら、母さんの顔を見た途端に泣いてしまいそうだった。いや、もう泣いてる。
「何を泣いておるのだ」
にゅうと立ち上がった僕の影が、口と目をくり抜いただけの真っ黒な顔で、僕を覗き込んだ。
「……誰?」
「お前の笑い坊主」
「笑い坊主?」
「泣いてばかりでは、泣いてばかりだから、笑い坊主だ」
とんちんかんなことを言いながら、真っ黒な顔は百面相を始めた。
「やーいやーい、泣き虫毛虫、アリンコのキンタマくれてやる」
とうとう僕は吹き出す。
「今泣いたカラスがもう笑った」
笑い坊主は泣きそうな顔をした。きっと夕焼けのせいだ。
(360字)
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500文字の心臓 第89回タイトル競作投稿作
○5 △1
原点に帰ろう、私が好きな超短編、私が書ける超短編を素直に書こうと決めたら、こうなりました。
せっかく心臓に出すのだから、超短編を書こうと。
心臓に超短編書かずにどこに書くんだ、と前回反省した。
コメントが染みました。ありがとうございます。
特に脳内亭さんからは最大の賛辞を頂戴しました。ありがとう。
影に掛けて、黒い生き物(アリンコとカラス)を出したところが今回のお遊び。
2009年10月4日日曜日
ことり
ラーメン屋の軒先で飼われている九官鳥のキュウベエは、それしか言わない。
誰かが教えたわけでもないらしい。ただただ「コトリコトリコトリ」と繰り返している。
その声があんまり切ないので、私は時々キュウベエに訊いてみる。
「コトリがどうしたの?」
それでもキュウベエは「コトリコトリコトリコトリ」と繰り返すだけ。
ある朝、私はキュウベエの声で目覚めた。
「コトリコトリコトリガミツケタ」
キュウベエは私のアパートの前で私を待っていたのだった。
「コトリコトリコトリコトリイッテシマウ」
どうやって鳥籠を抜け出したの? ラーメン屋のおじさんが心配しているかもしれない。そんなことを言いそうになったけれど、キュウベエの真剣な眼差しに負けた。
「コトリコトリコトリ」
キュウベエはよたよたと飛びながら「コトリ」を追う。
「コトリ コト リ コトリ コ トリ コト コト コト……」
壊れたテープのような声で喘ぎながら、「コトリ」を追う。
もう飛べなくなってもまだ「コトリ」を追う。
「もういいよ、キュウベエ。ことりは見つかったよ」
私は小さくなったキュウベエをてのひらにそっと包む。
てのひらから伝わるキュウベエのぬくもりは、なぜかとても懐かしい。
(506字)
ことり「第十七回タイトル競作」、タキガワさんと庵さんの作品が呼応してる…競作の奇跡だ。
2009年10月3日土曜日
観察する少女
少女は僕の何もかもを見逃すことはない。だから僕たちは四六時中見つめ合っている。
「あなたは透明な檻の中にいるの。檻の中の物が檻の外の者に触れることはできない」
僕がそっと少女の頬に手を伸ばそうとすると、彼女はそう言った。けれど、僕はそれを無視して少女に触れた。抱き寄せる。
透明な檻なんて、初めからないんだよ。
僕がそう耳元で囁く間も、少女はペンを動かし続ける。
僕の囁きがペンを走らす音にかき消される。抱きしめる。小さな文字が歪む。もっと強く抱きしめる。罫線からはみ出す。
それでも少女は観察する。その視線の先に、僕はいないのに。
(376字)
2009年10月1日木曜日
へたっぴサーカス、サーカスを見る
サーカス団のへたっぴ三人組は今夜も公園でのこっそりお稽古に出かける。
公園には、先客がいた。いつもゾウのミマノが玉乗りの練習をするあたりに、野良猫が一匹寝ているのだ。
「こまったな」とおどおどしているのは、ライオンのコギュメだ。ライオンのくせに野良猫一匹追い出すことができない。
仕方なく野良猫の邪魔にならないように、ひとりづつ変わりばんこに稽古することにした。一番目は、綱渡りの少女ニイナ。ところが綱が絡まってなかなか解けない。ミマノの鼻や、コギュメの尻尾も手伝おうとするけれど、綱は絡まるばかり。とうとうニイナの練習時間は終わってしまった。
次にライオンのコギュメが火の輪くぐりを始めたけれど、野良猫がいるから助走距離がいつもより短い。踏鞴を踏んでばかりでうまく走ることすらできない。
それを見ていた野良猫が「にゃーお」と話しかけてきた。飛び上がるほど驚いたコギュメは、ようよう野良猫に返事をする。
「こんばんは、猫さん。いい月の晩にお騒がせします」
すると、猫はこう言った。
「あんたたちも、サーカスやってるのかい? おいらも今、サーカスの稽古中なんだ。ちょっと見てやってくれ」
へたっぴな三人は顔を見合わせた。サーカスどころか、どう見たって猫は寝ているだけなのだ。
こっちこっち、と猫は尻尾で三人を呼び寄せた。
「よくよく見ろよ、目ん玉凝らして見るんだぞ」
最初に気がついたのはライオンのコギュメだ。身をよじってモゾモゾしている。
「あら!」
ニイナもミマナも気がついた。猫の毛皮の中で、小さな小さな蚤のサーカスが繰り広げられていたのだ。
蚤たちは、突如現れた観客に大喜び。綱渡り蚤は綱渡りを往復二十三回もやって見せ、玉乗り蚤は猫の体を隈なく動き周り、火の輪くぐり蚤は火の輪に火を付け過ぎて、危うく猫が火傷しそうになった。
サーカスが終わると蚤たちが整列して高く高くジャンプした。
「どうもありがとう。明日はきみたちのサーカスが見たいな」
身体中を掻きながら、猫は去った。