2009年7月29日水曜日

不眠

「己の鼓動がうるさくて眠れない」
隣で寝る祖父はやおら起き上がり、耳を包丁で切った。
耳を失ってもまだ「うるさい」という。
今度は包丁を胸に突き刺し
「あぁ、やっと静かに眠れる。お前もおやすみ」
と祖父は言った。
おじいちゃん、おやすみなさい、と呟いて頭まで布団を被る。鼓動がうるさくて眠れそうにない。

(145字)

2009年7月28日火曜日

亀使い

神社の境内にある池には、亀が大勢泳いでいる。亀の甲羅の上には一人ずつ少年少女がいる。亀使いだろうか。
亀使いは中華風の格好をしているように見えるが、皆身長五センチほどで、この橋の上から覗きこんでそう見えるだけのことだ。
亀使いは棒、といっても実際は縫い針より小さいわけだが、それで亀の頭をつついている。
ただ、亀使いの合図通りに亀が泳いでいるのかどうか、判断は出来ない。無闇につついているだけかもしれない。
夕立がやってくると亀使いは皆、亀の首から甲羅の中に潜り込んでしまった。
亀は先程までと変わらない様子で池を泳いでいる。亀使いが甲羅の中から操っているのかもしれないし、そもそも操ってなどいないのかもしれない。
結局、小さな少年少女たちが亀使いなのかどうかは、わからない、という結論に至る。
雨足が強くなってきた。

(352字)

2009年7月26日日曜日

七月二十六日 五粍

この暑い中、厚い紙を切り出してはみたものの、やはり厚過ぎて、どうにも使い物にならないと判明する。何かに似ているような気がするけれど、思い出せない。
あまりに厚いから腕が痺れた。
そういえば、ウサギの尻尾はまだ見つからない。
すべては暑さのせい。

(119字)

豆本がちゃぽん、八月は変則稼働の予定です。

パフォー! の放送は3日らしいですな。BS2かな。録画しよう。
超短編の人たちのがひとつでも出ると、にやにや出来て楽しいと思う(というか、にやにやすれば満足だ)。

2009年7月24日金曜日

棲家

家の中に小川が流れている。玄関を入ったらまず川を跨いで越える。
廊下の真ん中は川だ。メダカが元気だ。
台所には、洗い物や飲み水用の溜め池があるから、実用的ではある。
居間には立派な座卓がある。川の上に座卓があるのだ。
足を伸ばせば、川の中に入ることになるから、この家では裸足でいるのが賢明だろう。
大家は「冬は温いです」と言った。それは冬にならないとわからない。
階段は、滝になっている。静かなもので、とくに飛沫が床や壁を濡らすこともないようだ。
二階には四畳半が二間、上がって右の部屋を寝室に、左の部屋を仕事部屋とすることに決める。さっぱりとしたよい部屋だ。仕事場も、文机さえ置ければよい。狭いことは、特に気にならない。
水源は、寝室の押し入れだ。「布団は濡れません」と大家は言った。
この奥には、小さくて広大な森が広がっているのだそうだ。
「森の神さんと水の神さんが時々、くすぐりに来ます」と大家は言った。
くすぐられて笑えば、水害も干ばつも起きない。だが、ほんの少しでも腹を立てたり、邪剣にすれば、国のどこかで災害が起きるという。

(457字)

↑滋賀県の琵琶湖畔の「川端(かばた)」、そんなイメージ。ずいぶん前に、NHKの番組で見て、憧れたなあ。実際住めば、水道しか知らない私には、戸惑いや困ることもあるのかもしれないけれどね。でもやっぱりいいよなあ。


この写真に興奮した。
ライトアップというのは、あんまり好きでないのだけど、さすがにこれはキタ。
洞窟は幼稚園のときに行った富士山の富岳風穴と鳴沢氷穴で好きになった。福音館書店の月刊誌たくさんのふしぎの「どうくつをたんけんする」堀内誠一で決定的になった。私の雑学の半分は、たくさんのふしぎでできている。
ケイビングはやらない。運動音痴だから。狭いの怖いから。

2009年7月22日水曜日

海底教会

皆既日食でフクロウがうっかりホホゥと鳴いたり、幽霊がうっかり「羨ましや」と呟いたりした日の晩に、海底教会は出現するそうだ。よくわからない。
私は拾ったゴミだらけの玉手箱をうっかり開いたせいで海底教会に連れて来られた。砂浜でうっかり亀に「海はどっちですか」と訊ねた八歳の男の子と、これから指輪の交換をするらしいのだけれど、乙姫さんがうっかり指輪を試しにはめて、抜けなくなったから、もうしらない。

(195字)

七月二十二日 赤い糸

赤い糸は長すぎる。細すぎる。絡まって仕方がないから解きにかかる。
けれど解くのに夢中になって、一体この糸で何を縫おうとしていたのか、忘れてしまう。
いつまで経っても解けない。解いても解いてもまだ絡まり、ダマがいくつも出来ている。解くのを諦めて糸を手繰っていったら、外に出てしまう。歩いて歩いて、結局、公園で昼寝をしているウサギの薬指にたどり着いた。糸切鋏を取りに帰ろう。

(183字)

2009年7月21日火曜日

骨格標本のある部屋

 扉を開けると、強い芳香が押し寄せる。
 初めて訪れた友人Mの部屋には、二十センチから六十センチほどの骨格標本が壁一面の大きな棚に整然と並べられていた。
「君、これは一体……。とても美しいな」
 骨格標本の並んだ棚は、ブラックウォルナットで出来た重厚な造りで、小さな骸骨が一層白く輝いて見える。
「どうだい? きれいだろう」
 私が圧倒されているのを見て、Mは満更でもない様子だ。同じくブラックウォルナットのデスクには、作業用のマットと、様々な刃物や道具が几帳面に並んでいる。
「素晴らしいじゃないか、君にこんな趣味があるとは知らなかったよ」
「気味悪がる奴もいるからね、大学ではほとんど話したことがなかった。こんなに喜んでくれるとは、君を呼んで正解だったな。遠慮なく見たまえ」
 標本には細かいデータを記したキャプションが付いている。名前、生年月日、死亡日時、死亡原因。すべて十代の少女だ。
 一部の骨が欠損した標本や、骨折の跡などが残っているものもある。触ってもいいか、とMに断ってから、左足のない「マーガレット」の頭蓋骨を指先でそっと撫でた。
「見れば見るほどよく出来ている。一体どうやって作ったのかい?」
「これらは確かに、僕の手によるものだ。だが、作ったというと語弊があるな」
 Mはそう言うと、ちらりとデスク脇の紙袋に目を遣った。そこには大小様々な少女を模した人形がいた。目が合った西洋人形は、片頬が割れ、闇を覗かせている。慌てて目を逸らす。
「以前、医学部の友人を連れてきたら、『この部屋は解剖室と同じ匂いがする』と言って出て行ったよ」
 腐った実芭蕉を思わせる匂いを、胸一杯に吸い込む。

ビーケーワン怪談投稿作

落し物

 切れかけた街灯の下に、佇むものを見る。
 その街灯は、もう長いこと切れかけたままである。交換される気配もなく、完全に切れることもない。何年もジリジリと消えたり点いたりを繰り返しているのだった。
 佇むものに気がついたのも、いつのことだったかはっきりとは思い出せない。はじめは自転車や犬猫の姿ばかりしていたのだろう、気にも留めなかったのだ。ある時それが人の形をしているのを目撃してから、否応なしに街灯の下を注目するようになった。暗がりの中、街灯の明滅に合わせ、佇むものも揺らぐ。人の形をしたものが立っている時は、声を掛けるべきかと迷う。一度もそれをしなかったのは、猫でも人でも自転車でも、それらが文字通り地に足が着いていないからだ。
 彼は誰時にその道を通る。街灯はやはり、不規則な明滅を繰り返していた。
 私は、ずっとそれらが「ひとり」だと思い込んでいた。夜にそこを通る時はいつも、一人か一匹か一台だけだったから、姿を変えて同じものが居るのだと思っていた。だが、そうではなかった。空のもとで目にしたのは、猫や狸や子供や人形が組んず解れつ、街灯をも巻き込みながら蠢く巨大な肉の塊であった。よくよく見れば、所々に傘や薬缶や自転車がぎちぎちと挟まっている。
「不用品ですか?」
 清掃員の格好をした男だった。男は一本だけの腕を忙しなく動かしながら肉の塊を継ぎ接ぎだらけの頭陀袋に押し込み、繰り返す。
「不用品ですか?」
 脳裏に浮かぶものを打ち消そうと大声で答える。
「違います」
 ニヤリと笑い、清掃員は頭陀袋を背中に担いで歩き始める。頭陀袋の破れ目から、たった今思い浮かべた顔をした人が落ちる。

ビーケーワン怪談投稿作

2009年7月20日月曜日

トリコ

 鳥籠を形見として手に入れたのは、祖父が死んでまもなくのことだった。祖母も初めて見るという鳥籠は竹で出来たドーム型で、繊細に編まれて美しかった。簡素と効率を好んだ祖父と、華奢で麗しい鳥籠はどうにも似合わないが、死んで初めて垣間見た祖父の一面が染み入り、大切にすると心に決めた。早速、小鳥を飼うことにする。鳥籠に鳥がいないのは、やはり寂しいと思ったのだ。
 十姉妹を一羽、飼うことにした。鳥が入った鳥籠は、一層美しく見えた。祖父もこうして鳥籠を眺めてうっとりとしたことがあるのかもしれない。
 明くる朝、十姉妹は鳥の姿ではなくなっていた。小さな少女が一人、止まり木に腰掛けている。ふらふらと足を揺らして。
「あなたが飼い主なの?」
 黒目がちな目が真直ぐにこちらを見据える。
「そういうことになる、と思う」
 僕は鳥を飼い始めたつもりなのに、少女の食事を作り、服を着せ、髪を梳かし、身体を拭くことに明け暮れた。徐々に要求は高まる。ほんの僅かしか食べないのに、高価な食材でないとそっぽを向く。服は華美を極め、お姫様のような姿になった。女の子の人形遊びだってこんなにはしないだろう。そして、僕がどんなに夢中になろうと、彼女はやはり相変わらず鳥だった。鳥籠には抜け落ちた羽と、鳥の糞が溜まっていく。
 羽の抜け落ちは、半年を過ぎる頃から尋常でない量に増えた。同時に美貌も衰え始め、豊かな髪は艶を失い、眸は濁った。
 ついに止まり木から墜落した少女は、十姉妹の姿に戻った。鳥籠に彼女を納めた日から十ヶ月と二十四日目のことだった。僕は庭に墓を作り、小さなドレスに包んだ十姉妹を埋めた。
 そんなことをもう四半世紀も続けている。庭の鳥の墓は、六十七になった。

(705字)

第七回ビーケーワン怪談大賞に未投稿作品

投稿作は
落し物
骨格標本のある部屋
ランデヴー

どうにかこうにか、今年も三作出せました。トリコは、最初に書いて結局投稿しなかったものです。
何がいけないってんじゃなくて、二作目に出した「骨格標本のある部屋」と一番似た雰囲気だから。「骨格標本」と、どちらかをやめにしようと思って、こっちをやめた、ただそれだけです。

今年は、なんというか、無意識の意識とか、身の回りの人への思いやりとか慈しみとか(特に先に出した二作では、逆説的な描き方になっておるが)、そーいうものが書きたかったらしい。……と、四作並べて見渡してから気づくわけだけども。

最後に、投稿前に目を通してくれた友人たちにお礼を。ありがとー!大好きだ。
やっぱり、こまごまと具体的な感想を貰わずとも、一度人前に出すことによって、自分も客観的に読み直せるんだね。

2009年7月18日土曜日

地球は深呼吸で反転す

半ば強引に空を広く眺めて、深呼吸する。
ほら、浮き世のざわめきは、呼吸を浅くするからね。視野も狭くなるようだ。

三度目に大きく息を吐き出したら、ごぼごぼと大きな泡ぶくが出て、急に呼吸が楽になった。
空と海とがひっくり返ったらしいぞ。今からぼくは、陸上ではなくて海中の生きものだ。
ならば、泳ごう。居心地のよい潮流を求めて。

空には、びっくり眼のチョウチンアンコウが浮かんでる。

(183字)

2009年7月15日水曜日

彼方へ

砂漠の地下には砂の厚さと同じだけの深さの湖があるという。
砂漠の風紋は、鏡のように湖の波紋となって現れる。
砂漠の底が湖底であり、湖底は砂漠の底である。しかし清らかな水は、砂漠を潤すことは決してない。

ここに、砂漠に迷った旅人の亡骸がある。
静かに静かに、砂は旅人を覆い、沈めていく。
何十年経ったであろうか、ようやく砂の底まで沈んだ彼は、事切れたその瞬間の姿のままだ。
湖は、旅人の衣服をじんわりと濡らし、やがて彼を水中に引き入れ、流す。ゆっくりと湖面に向けて浮かび上がらせる。
長い時を掛けて、彼方へ辿り着く。旅人の旅は終わった。

(260字)

2009年7月14日火曜日

祈り

生命の清きも穢れも抱く恒河に、一人の少女が身を浸している。
恒河は、少女のホトから初めて垂れ落ちた血を、自身の一部として取り込む。
下流では、とうの昔に齢を数えるのを止めた老婆が、祈りの言葉を唱えながら沐浴する。
老婆の周囲ではしきりとあぶくが立っている。生命に成り損ねたものたちの叫び。老婆はそれを掌で掬いあげ、天に向けて放ち続ける。

(165字)

このたび、タキガワさんの尊敬する人を務めることになりました、ひょーたんです、こんにちは。
……。
考えてみても、何を尊敬されたのか、さっぱりわかりません。取り敢えず、私は初めて会った時からタキガワさんが好きです(告白)。

2009年7月8日水曜日

早いほうの七夕

昨日、七月七日は満月だった。だが実際のところ、あの夫婦の逢瀬の日はまだ先だ。
でもまぁ、七夕といえば七夕だし、ちょうど満月だし、天の川の水量も程よかったので、月は此れ幸いとばかりに天の川で水浴びをして遊んでいたらしい。

(108字)

2009年7月7日火曜日

膝小僧が二人

傷だらけの膝小僧二人、波打ち際で遊んでいる。
海水に沁みるだろうに平気な顔して遊んでいる。
わずかな血の匂いを、遠くで鮫が察知しているけれど、だからと言って膝小僧たちが襲われる心配はない。
その血は、おいしくないと鮫は知っている。

(112字)

↑意味がわからない。まあ、たまにはいいだろう(たま、か?)

それはそうと、ノベルなびの自分のページをあれこれいぢくってみているのだけども、なんだか難しい。
フラワーツーリズムから行くと「おすすめ」に拙作が入ってます。ありがとうございます。

ついでに、パフォーの投稿作にも、おかげさまでボチボチと拍手をいただいているようです。感謝。10日くらいで投稿締切らしいですよ、パフォー。

近況のような予定のような。
近況:ヘロヘロです。寝てばかりいます。
予定:秋に向けて、ものすごい作ることになりました、豆本。

2009年7月5日日曜日

Acid Rain

狂った子供がどれほど喚いても、世間はちっとも驚きやしない。
酸っぱい雨は、工場の機械をあっという間に錆びさせた。世界中の歯車が錆びても、まだ止まない。
けれど僕のしょっぱい涙を丸めて、飴玉にしてくれるのはこの酸っぱい雨だけ。
君にもあげるよ、犬っころ。舐めにくいなら、ペロペロキャンディだってあるんだ、ほらね。

(152字)

2009年7月4日土曜日

誰も見てないんだけどさ

僕は布団の中では夢を見ない。夢を見るのは風呂の中。ぬるま湯で微睡みながら見る夢に悪夢なんてない。近ごろは、あの子の夢ばかり見る。嬉しいけれど、夢の中でも夢が覚めても僕は裸だから、ちょっと決まりが悪いんだ。

(102字)

2009年7月3日金曜日

七月二日 本当は欲張り

短冊に書きたいことは決まっているけれども、まだ書かない。旧暦の七夕までに叶うかもしれないでしょう? そうしたら、違う願い事ができるじゃないか。

(70字)