四月某日、晴。空豆を茹でる。ふかふかの鞘の中で寝てみたいものだといつも思う。湯はたっぷり塩はしっかり。「そらまめうでてさてそこで」と唱えれば、いい塩梅に茹で上がる。ぼんじりの焼き鳥、冷奴、もちろん日本酒。ほろ酔いで寝床に入ると、ふんわり青い空豆の香り。鞘の中は思った通りの寝心地。
2025年4月30日水曜日
2025年4月29日火曜日
暮らしの140字小説6
四月某日、曇。半丁の木綿豆腐を手の上で切る。十字に包丁を入れて四つにする、それが上手くいかない。きっちり四等分にしたいと集中する。小さめ硬めの木綿豆腐だ。難易度は高くないはずなのに。毎回、己の不器用さにガッカリしながら梅干しで豆腐を食う。豆腐は安物だが梅干しはちょっといいものだ。
#春の星々140字コンテスト「原」投稿作
雨の日にだけ辿り着ける原っぱがあった。よく知る道なのに「こんな脇道あったかしら」と、曲がると原っぱに出るのだ。春の雨の日、二十年連れ添った傘が「置いていってください」と泣く。私は一人、濡れて帰った。翌日も雨だった。傘の様子を見に行くと立派な木になっていた。傘の頃そのままの樹形で。(140字)
2025年4月28日月曜日
#春の星々140字小説コンテスト「原」投稿作
漆黒の左眼を持つ人形が言う。「この眼玉の原石を探してください」人形は眼球をコロンと私の手に落とした。「右眼が欲しい」伽藍洞になった眼窩で訴えた。黒曜石か黒瑪瑙か。ついに丸い窪みのある石を見つけた。尖晶石だった。眼玉は窪みにピタリと嵌り、カッと紅くなった。これが元来の色であったか。(140字)
暮らしの140字小説5
四月某日、晴。西日が埃を照らしている。無視するには輝きすぎている埃、埃、埃。仕方なく箒を手に本日二度目の掃除を始める。朝、掃いたものは何だったのか。やけに消しゴム屑が多い。今日は書き物をしていない。卓上に見知らぬ帳面と禿びた鉛筆、消しゴムが転がっていた。中は覗かず、そっと閉じる。(140字)
2025年4月27日日曜日
#春の星々140字小説コンテスト「原」投稿作
科学が極まり、人類は自然との共存を必要としなくなった。環境が破壊されても繁栄は続くと考えられ、神も祖先も忘れた。ここは最後の原生林。樹齢の長い巨きな木々と、虫や小動物たちが暮らす。たった一つとなった森林に世界中から人々が集まる。手を合わせ、天を仰ぐ者が現れ始めた。「祈り」が蘇る。(140字)
2025年4月26日土曜日
暮らしの140字小説4
四月某日、雨。石鹸がない。長く使ってきた日用品が店頭から姿を消すことが増えた。いくつかの店を回り、それでもなければ代わりを求めることになる。使い心地も見た目も値段も好ましいものなど、そう簡単に見つかるわけがない。新しい品を探し当てる喜びは、若さとともに何処かに置いてきてしまった。(140字)
2025年4月25日金曜日
暮らしの140字小説3
四月某日、曇。今日も今日とて着古したジーンズを穿く。パッチワークリペアに憧れて、穴の開いたリーバイスに端布を当てたのが去年の春。早くも継ぎ当ては三箇所になった。格好いい? よくわからない。裏に貼った接着芯はすぐ剥がれたので穿くときに足指が引っ掛かるのが難点である。次の穴はまだか。(140字)
2025年4月24日木曜日
暮らしの140字小説2
四月某日、晴。夕方、見知らぬ詩集を本棚に見つける。古そうな本だ。パラパラと捲り、一編を声に出して読み始める。藁半紙を丸めるようなガサガサした声。そういえば今日は誰とも話していない。誰かに聞かせるわけでなし。掠れ声のまま読み上げる。古い紙に刷られた誰かの詩に、掠れた声で色を付ける。(140字)
2025年4月23日水曜日
暮らしの140字小説1
四月某日、曇。起き抜けに紅茶を淹れる。棚には二種類の白いティーカップが並んでいる。温かい白のものと、冷たい白のものだ。久しぶりに冷たい白に手を伸ばす。この部屋に射し込む光には温かな白のティーカップが似合う。だが薄暗い春の朝は冷たい白のティーカップから立ち昇る湯気の中で過ごしたい。(140字)
2025年4月14日月曜日
#春の星々140字小説コンテスト「原」未投稿作品
決断を迫られると脳裏にシーソーが浮かぶ。私はシーソーに座り、向かいに誰か来るのを待っている。ガトーショコラかモンブランで迷っている今も。「ショートケーキ」また心にもないことを言ってしまった。砂場とシーソーだけの小さな公園、私の原風景。家族の誰に聞いてもそんな公園はなかったという。
2025年4月13日日曜日
#春の星々140字小説コンテスト「原」未投稿作
夜明け前、腹の音で目が覚めた。猫の鳴き声のような音。酷い空腹感。隣で寝ている夫をつっつき腹を撫でてもらう。音は「ゴロゴロ」に変わって、私は心穏やかに再び眠る。昼近くに目覚めると夫は猫を抱いていた。「明け方、原っぱでお腹を空かせて鳴いていたよ」猫は私の腹に飛び乗って、喉を鳴らした。