2019年7月18日木曜日

何一つ残っていない宝物

「大丈夫ですか?」
立派な身形の人に問われて「ええ」と答えるのがやっとだった。立派な身形の人も顔色はあまりよくない。
便箋、万年筆、封筒、切手。すべてが宝物だった。
離れて暮らす家族、友人、そして恋人。愛しい人たちの顔を思い浮かべながらペンを走らせる時間も……。それはこの立派な身形の人も同じに違いなかった。
だが、ある日、手紙を送ることが禁じられた。何故だかは知らない。知りたくもない。

「身近な人に送る大切な手紙だけを書いていれば、五年も旅をせずに済んだかもしれません。ある人を告発する内容の文書を送らなければなりませんでした。それが罪を重くしたのです」
この立派な身形の人は、おそらく何か重要な仕事や任務に就いていたのだろうと思いを馳せた。

「今より、消えず見えずインクの旅券を持つ者を送る!」
「今より、消えず見えずインクの旅券を持つ者を送る!」
「今より、消えず見えずインクの旅券を持つ者を送る!」
青い鳥は高らかに三度宣言したが、その声はデクレッシェンドしていった。小さくなる声とともに、青い鳥は青い小鳥になっていった。
「青い鳥? どういうことだ」