2013年2月24日日曜日

雨雲からの眺め



「雨雲に乗ってみないか」

と誘われた。青い雨合羽と長靴を履いた男の子が訪ねてきたのだ。

「それは、危なくないのか? 雲から落っこちたり、雷に感電したり」

私は冗談のつもりで質問したが、男の子は「大丈夫だ。乗るんだな」と言って、同じような雨合羽と長靴を差し出した。

おれはそれを着て、男の子に付いて歩いた。

そんなに長く歩いたわけではないのに、すぐに知らぬ景色となり、いつのまにか雲の上に着いていた。雲の上というのはもっとフカフカしているのかと思っていたが、そんなことはなかった。

「よく来たな」

と、男の子の父親と名乗る人に歓迎された。

雲雲の合間から町を見下ろした。すっかり夜になっていた。

夜景は美しいが、どこか物悲しい。ここは見上げると、宇宙だ。

翌日も雨を降らすのを手伝い、男の子と遊んだ。

時折、地上が恋しくなるが、まだ当分帰らないつもりだ。


2013年2月19日火曜日

夜と朝を渡る橋



夜はゆっくりと橋の上を歩く。星々を眺めながら。

流星に挨拶をしようとするけれど、成功したことはない。

橋は美しい螺鈿の細工が施されている。毎晩歩いても飽きることはなかった。

橋を渡り終える頃になると、夜は朝と名を少しずつ変えていく。

靄の中から朝の足取りがはっきりしてくる頃、向こう岸へ辿り着く。


2013年2月14日木曜日

無題

娘は樹木と結婚するという。


子供の頃から仲良くしていた樹だから異存はない(こともないが)。


許しを出すと、娘は樹木を切り倒し、小さな家を建て、子供を生んだ。


雨風から守ってくれる夫が居て幸せだと娘は言う。


孫はすくすく育っている。どんぐりが大好きな男の子だ。



2月14日ついのべの日 お題



無題

「ちちんぷいぷい」とおまじないをかけたら、照れくさそうに笑った。こないだ私が転んだとき、そうしてくれたから。


道は続く。小石を時々見落とすのは、仕方がない。


あんまり転ぶと痛いから、ゆっくり歩こうと呟いた。


そうしましょう、と繋いだ手をきゅっと握り直す。



2月14日ついのべの日 お題


2013年2月12日火曜日

足跡

 雪の上に、見慣れぬ足跡が残されていた。
 鹿だの兎だの、ここいらにいる小獣の足跡よりもずっと大きく、もちろん人間のものでもなく、私はそれを見て「象」を思ったのだった。
 足跡は大きな割に浅い。象が雪の上を歩いたら、もっと深い足跡になりそうなものだ。そんなことを考えながら、足跡を追って歩いた。
 果たして、象が居たのだ。
 象は、動物園でしか見たことがないが、アフリカゾウやインドゾウとは違うように思う。銀色によく輝く、雪の積もった晴れた昼間に実によく似合う象である。
 そして、人語を話した。
「見つかってしまった」
 象は照れくさそうに鼻をよじらせた。
「足跡を見たものだから」
「雪の上を歩いてみたかったのだ」
 そうして私はしばらく銀色の象と遊んだ。背中に乗ったり、鼻を撫でたりした。
「そろそろ帰らなくてはいけないな」
 と、象と私は呟いた。私は家に、象は空の向こうの銀色の森へ帰った。


2013年2月6日水曜日

鍋の謝罪

「申し訳ありません」
と、火から下ろした鍋が呟いた。
「え?」
聞き返すと
「申し訳ありません。火の通リが不十分で……」
あら、それならもう一度、火にかけるから大丈夫、教えてくれてありがとう。
鍋を火に戻すと
「私が未熟なばっかりに」
とまだぶつくさ言っているので、その日の煮物は黙って食べることにした。

2013年2月3日日曜日

行方

 「私はどこへ行くのか」
 少女は遠くなる地球を眺めながら宇宙に訊ねる。答えは返ってこないと知りながら。
 どこかの星に辿り着くかもしれない。延々とと宇宙を漂うかもしれない。「すべては宇宙の御心次第」と、決まり文句のように大人たちは言った。
 少女は、宇宙に捧げられる生贄としてカプセルに乗っている。
 人々は宇宙を崇めた。いつからか宇宙に生贄を捧げる習わしが始まった。少女には不思議なことだった。宇宙を崇めたり、宇宙に祈ったりすることが、滑稽に思えた。三十年に一度の生贄を選ぶ年が来ると、少女は真っ先に手を挙げたのだった。
 幾光年経っただろう。夥しい数の星に衝突した。が、生贄を受け取る星は、なかなか現れない。
 ふと、遠くに微かな光を見つけ、少女は呟いた。
 「行かなくては」
 その言葉を聞き、カプセルは軌道を変えた。まだ一度も使われたことのない宮殿に向かって。


 


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SFファン交流会出張編投稿作



私の祖母は、豆まきで怪我した鬼たちを家に上げて手当する人だった。
鬼は子供の私よりもだいぶ小柄で、豆が当たった所が痛いと言って、めそめそ泣いている。
ほとんどの人の目には見えないのに、こんなに小さいのに、どうして人々が適当に蒔いた豆に当ってしまうのだろう。
不満のような疑問のようなことを言うと、祖母は、「鬼だからねえ……」とニコニコしながら、鬼たちを赤ん坊のように抱いて撫でる。
祖母が他界してからは、私が鬼の手当をしている。消毒液と、絆創膏をたくさん用意して。
早速、鬼の泣きべそが聞こえてきた。


2013年2月1日金曜日

隣の部屋

老人の鼾が聞こえる。一日中、規則正しく。


起こしてはいけない。と、私は物音を立てないように暮らす。


いつかそれが途切れるのではないか。と、私は耳を澄ます。


この部屋に暮らし始めて、もう七年になるだろうか。


老人の鼾が聞こえる。