「虫の居所が悪いな」
と、友人がつぶやいた。
「どうした? 何か苛苛することがあったのか?」
「そうじゃないんだ、本当の虫」
彼はそう言って、鼻を指さした。
覗きこむと、マンガみたいな顔した虫が鼻の穴から出てきて「やあ!」と言った。
友人はその日、一日中くしゃみをしていたけれど、虫はなかなか出て行かないらしい。
2013年1月28日月曜日
2013年1月26日土曜日
夢 第十六夜
「ふう」と息を吐き、ドシンと鞄を置いた。
高級ブランドのロゴが入った見るからに重たそうな鞄は、CDプレーヤー内蔵なのだという。
今時、CDプレーヤーを持ち歩くなんて。
「リサイクルショップで見つけた掘り出し物なの。ネットで探すと高値が付いているヴィンテージ物。前から狙っていたんだ」
嬉しそうな顔の彼女に、「よかったわね」と無理やり笑ってみせた。
「重たいのはCDプレーヤーのせいではないの」
彼女は誇らしげに鞄を開いて見せる。
「バッテリーがね、ちょっと重たいの。仕方ないけれどね、ヴィンテージってそういう物だし」
大袈裟な配線から外して見せたのは、ガラス容器に入った味噌だった。
「えっと……蓄電がなくなったらどうするの?」
結婚三年目の彼女は当たり前のように答える。
「お味噌汁を作るに決まっているでしょ?」
2013年1月24日木曜日
2013年1月21日月曜日
からまる未来
異星人が訪ねてきた。本人がそういうのだから異星人ということにする。
「私の星の者は、地球人の未来を予見することができるのだ」
それはそれは。
「おまえの未来は、少々複雑で予見が難しい。特殊な地球人だな、おまえ」
平凡なサラリーマンのつもりなのだが、異星人に「特殊」呼ばわりされてしまった。
「そういうわけで、おまえの未来を解く必要がある。未来は己で解くがよい」
異星人は何やら色とりどりのガラス球が幾つか付いた糸のかたまりを差し出した。
仕方なしに糸を解きにかかる。細い糸で、扱いにくい。癇癪を起こしかけると「切れるとおまえの命があぶない」などと脅かす。
糸を解く間、異星人は勝手知ったる様子でお茶を飲んだり、雑誌をめくったりしていた。
ようやく解いた糸のかたまり、最後に手に残ったのは青いガラス球の付いた糸だった。
「これがおまえの未来だ。すっきりしただろう」
異星人は、青いガラス球の糸を右のポケットに、他の糸をまたぐちゃぐちゃと丸めて左のポケットに押し込んだ。
結局、どんな未来かは教えてもらえなかった。それよりも、他の糸……赤や紫や黄色のガラス球たちの未来がなんだったのか気になって仕方がない。
++++++++++++++
SFファン交流会出張編投稿作
雪の予報
息子にそんな役割があることを知ったのは、彼が六歳になった冬のことだ。
夕方のニュースの天気予報で「夜遅くから雪」と伝えられると、「行かなくちゃ」と言った。
息子は「お母さん、あのね、僕は雪を降らせに行かなくちゃいけないんだ」
私はよくわからなくて「そんな遅い時間に出かけてはいけない」とか「せめてお父さんと一緒に行きなさい」などと叱ったりなだめたりしたけれども、初めて見る息子の真剣さと、大人びた眼差しに折れて、最後は「寒くないようにしなさい」とだけ言って送り出した。
小さい時から気象情報に関心が強いことは気がついていたが、そんなことになるとは思いもしなかった。
雪を降らせるってどういうことだろう。空に飛んでいくのだろうか。雪を作る機械を動かすのだろうか。
私は色々と考えながら息子が帰ってくるのを待った。仕事を終えた息子は、充実した顔をして戻ってきた。
「危ないことはなかった?」「寒くなかった?」と訊くと「大丈夫」と応え、すぐに寝てしまった。
それ以来、毎年冬に数回、出かけていく。ここが雪国でなくてよかった、と呟く。
雪が降る度にひとつ大人になる息子を見ると、誇らしく、少しさびしく思う。
2013年1月14日月曜日
2013年1月12日土曜日
海底の寝心地
乗っていた船が難破したのは、いつのことだったか。
船長は、最後まで船に残り、その船長を慕っていた僕も船に残った。
船長に、別れ際浮いていた何か(もはやそれが何かもわからなかった)を渡したことまでは覚えていて、それから僕は海底人になった。
山育ちのくせに、海への憧れが異常に強いことは、両親も訝っていたとはいえ、水中で生きられる身体だとは、もちろん知らなかった。
海底人になってからしばらくは、空気を吸っていないことに焦りを感じて海面に出てみたりもしたけれど、今は不用意に海面に出るようなことはしない。船に見つかったりしたら大事だからね。
海底では、ふかふかとやわらかい場所を探して、そこを家にした。暮らし始めてまもなく、人骨を見つけた。以前にも僕と同じような人がいたと思うと、ワクワクしたし自信も湧いてきた。ここを家とするのは間違いじゃないんだってね。
大きな海藻を身体に巻き付けて眠る。眠れない時は、ヒトデに話しかける。あれは案外おしゃべりで、聞き飽きない。