2009年5月8日金曜日

昼寝

 授業に疲れると、いつもそっと教室を抜け出す。先生も、クラスの皆も何も言わない。別に無視されているわけではなくて、ただ当たり前のこととして。そんな皆の態度が、僕には何よりもありがたかった。
 学校には空き教室がたくさんある。十年くらい前はまだこの辺りにも大勢子供がいたから教室が足りなくてね、と教頭先生は教えてくれた。でも今じゃ、使われている教室よりも空き教室のほうが多いくらいだ。
 空き教室と言っても、それぞれ雰囲気が違う。美術室として使っていた部屋はなんとなく絵の具の匂いがするし、普通の教室もしんとした教室もあれば、ざわざわした気分になる教室もある。僕の一番のお気に入りは、「あの子」に逢える教室。
 その教室は四階の奥から二番目にある。二階の自分のクラスを出て、授業の声を聞きながらそっと廊下を歩き、階段を昇る。歩いているうちに少しづつ具合が悪かったのが和らいでくるような気がする。
 目的の教室に辿り着き、ドアを開けると花の香りが僕を包む。ピンク色のカーテンが目にまぶしい。ほかの教室は緑色っぽいカーテンだけれど、ここだけかわいらしいピンク色だ。その理由を訊ねると、「あの子が好きだった色だからだよ」と教頭先生が教えてくれた。僕が初めて教室を抜け出して、校舎をうろうろとしている時にこの教室に連れてきてくれたのが、教頭先生だった。
 窓は閉まっているのに、カーテンがふうわりと膨らむ。僕は念入りに床を探し回る。どこかに影猫がいるはずだった。最近は影猫もかくれんぼが得意になって、探すのが大変だ。花瓶を倒さないようにしなくちゃ。
 ようやく教卓の影からしっぽが伸びているのを見つけた。
「にゃあ?」
 教卓から出てきた影猫を抱いて、あの子の座っていた一番前の席で僕は少しだけ眠る。

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