蝸牛が這うのでアベンチュリンのブレスレットはますます濡れたように艶やかになる。
それを見た蝸牛がまた喜ぶから
蝸牛は四六時中、ブレスレットを這っている。
だから私は蝸牛を腕にぶら下げて歩かなくてはならない。
話し相手には困らないけど。
2006年5月28日日曜日
2006年5月27日土曜日
2006年5月24日水曜日
オレンジの雫
「喉が渇かない?」
と僕は彼女に言った。
たいしたお金もないのに、僕らは隣町まで歩いてきた。学校の制服のままで。
彼女はまっすぐ前を見て歩き続ける。
僕はその横顔を時々見たり、繋いだ手に力を込めてみたけれど
やっぱり彼女は前を見たままだ。
たぶんよくて数日だ、この駆け落ちの真似事は。そう、僕たちは真似事の駆け落ちしかできない。
そんなことは彼女もわかってるはずだ。でも彼女の手は熱い。
「あきちゃん。おれ、喉渇いたよ」
もう一度言うと、学校を出てから初めて彼女がこちらを見た。初めて見る、強い瞳で。
僕は近くにあった公園のベンチに座らされた。
「かずくん、上向いて、口開けて」
僕がその通りにすると、彼女は胸元から僕がプレゼントしたペンダントを引っ張りだした。
安物だけど、シトリンという宝石がついている。
僕の開いた口の上でペンダントが揺れる。
彼女は涙を流しだした。
「え? なんで泣くの?!」
「だめ、口開けてて。こぼれちゃう」
ペンダントからオレンジジュースが落ちてきて僕の喉を潤した。
彼女は涙を流しながら、やっぱり前を見つめている。
と僕は彼女に言った。
たいしたお金もないのに、僕らは隣町まで歩いてきた。学校の制服のままで。
彼女はまっすぐ前を見て歩き続ける。
僕はその横顔を時々見たり、繋いだ手に力を込めてみたけれど
やっぱり彼女は前を見たままだ。
たぶんよくて数日だ、この駆け落ちの真似事は。そう、僕たちは真似事の駆け落ちしかできない。
そんなことは彼女もわかってるはずだ。でも彼女の手は熱い。
「あきちゃん。おれ、喉渇いたよ」
もう一度言うと、学校を出てから初めて彼女がこちらを見た。初めて見る、強い瞳で。
僕は近くにあった公園のベンチに座らされた。
「かずくん、上向いて、口開けて」
僕がその通りにすると、彼女は胸元から僕がプレゼントしたペンダントを引っ張りだした。
安物だけど、シトリンという宝石がついている。
僕の開いた口の上でペンダントが揺れる。
彼女は涙を流しだした。
「え? なんで泣くの?!」
「だめ、口開けてて。こぼれちゃう」
ペンダントからオレンジジュースが落ちてきて僕の喉を潤した。
彼女は涙を流しながら、やっぱり前を見つめている。
2006年5月23日火曜日
2006年5月20日土曜日
2006年5月18日木曜日
煙の瞳
学校の通学路に古道具屋がある。
店の出窓に外を眺めるように置いてある人形を僕は必ず一瞥する。
立ち止まることは出来ない。
同級生か誰かに、人形を見つめていることが見つかるのは、困る。
彼女の瞳はスモーキークォーツで出来ていた。
小学生の時、買い物帰りにその店の前を通った時、母が言ったのだ。
それからだ、その人形が気になるようになったのは。
物憂げでどこを見ているのかわからない、そんな瞳に僕は一瞬激しく吸い込まれる。目が合ってもいないのに。
夜十時、塾の帰り。いつもきっちりカーテンが閉まっている古道具屋の窓が、開いている。
今なら人通りも少ない、友達に会う心配もない。
僕は初めて人形の前で立ち止まる。
〔この娘が好きなんだろ?〕
野良猫が言う。
「まだ目が合ったこともないんだ」
〔なら、起こしてやるよ〕
猫はひょいと窓に飛び乗ると、彼女の陶の頬を舐めた。
彼女の煙った瞳が輝きだした。
「コンバンハ」
店の出窓に外を眺めるように置いてある人形を僕は必ず一瞥する。
立ち止まることは出来ない。
同級生か誰かに、人形を見つめていることが見つかるのは、困る。
彼女の瞳はスモーキークォーツで出来ていた。
小学生の時、買い物帰りにその店の前を通った時、母が言ったのだ。
それからだ、その人形が気になるようになったのは。
物憂げでどこを見ているのかわからない、そんな瞳に僕は一瞬激しく吸い込まれる。目が合ってもいないのに。
夜十時、塾の帰り。いつもきっちりカーテンが閉まっている古道具屋の窓が、開いている。
今なら人通りも少ない、友達に会う心配もない。
僕は初めて人形の前で立ち止まる。
〔この娘が好きなんだろ?〕
野良猫が言う。
「まだ目が合ったこともないんだ」
〔なら、起こしてやるよ〕
猫はひょいと窓に飛び乗ると、彼女の陶の頬を舐めた。
彼女の煙った瞳が輝きだした。
「コンバンハ」
2006年5月16日火曜日
2006年5月13日土曜日
猫の指輪
子供の頃飼っていた猫はレッドジャスパーという名前だった。
長くて発音しにくいからジャス、と呼んでいた。
ジャスは物心ついたころにはおばあさん猫だった。
お気に入りのクッションにグテっと寝そべっているか、よろよろと歩いているか。
時々朱い目でこちらを見て愛想を言った。
忘れもしない小学二年の五月十三日、朝起きるとジャスはいなくなっていた。
父は、死に場所を求めて出て行ったのだと言った。
よくわからないかったけど父がそう言うのだから、そうなのだろう、と考えることにした。
ジャスのお気に入りだったクッションに、
レッドジャスパーの石がついた指輪が置かれていたのは、
ジャスが出て行ってから五十日後のことである。
私の手はあれからずいぶん大きくなったが、
いつも指輪は左手の人差し指にぴったりと嵌まる。
長くて発音しにくいからジャス、と呼んでいた。
ジャスは物心ついたころにはおばあさん猫だった。
お気に入りのクッションにグテっと寝そべっているか、よろよろと歩いているか。
時々朱い目でこちらを見て愛想を言った。
忘れもしない小学二年の五月十三日、朝起きるとジャスはいなくなっていた。
父は、死に場所を求めて出て行ったのだと言った。
よくわからないかったけど父がそう言うのだから、そうなのだろう、と考えることにした。
ジャスのお気に入りだったクッションに、
レッドジャスパーの石がついた指輪が置かれていたのは、
ジャスが出て行ってから五十日後のことである。
私の手はあれからずいぶん大きくなったが、
いつも指輪は左手の人差し指にぴったりと嵌まる。
2006年5月11日木曜日
ペンギンキャンディ
〔飴玉見つけたぞ?〕
とペンギンが差し出したのは、黄色い大きな飴玉……ではなくて宝石だった。名前はわからないけど。
「これは飴玉ではない。石だ」
と僕はペンギンに告げる。
〔これは人間の飴玉ではない。イエローカルセドニーだ〕
なんだよ、ペンギンのくせに石の名前知ってるのか。
〔これは人間の飴玉ではない。ペンギンの飴玉だ〕
ペンギンはポンと石を放り投げるとクチバシで捕まえた。
「ペンギンの飴玉?どんな味なんだ?」
〔パイナップル〕
ペンギンがパイナップルの味を知っているとは、信じられないけど。
〔そして空を飛ぶ〕
ペンギンはすごい勢いで飛んでいった。
「夕飯には帰ってこいよー!」
とペンギンが差し出したのは、黄色い大きな飴玉……ではなくて宝石だった。名前はわからないけど。
「これは飴玉ではない。石だ」
と僕はペンギンに告げる。
〔これは人間の飴玉ではない。イエローカルセドニーだ〕
なんだよ、ペンギンのくせに石の名前知ってるのか。
〔これは人間の飴玉ではない。ペンギンの飴玉だ〕
ペンギンはポンと石を放り投げるとクチバシで捕まえた。
「ペンギンの飴玉?どんな味なんだ?」
〔パイナップル〕
ペンギンがパイナップルの味を知っているとは、信じられないけど。
〔そして空を飛ぶ〕
ペンギンはすごい勢いで飛んでいった。
「夕飯には帰ってこいよー!」
2006年5月10日水曜日
2006年5月9日火曜日
2006年5月6日土曜日
2006年5月5日金曜日
2006年5月4日木曜日
旅はウヰスキーボトルで
「旅をしたかったのだけど、金がなかったんだ。だから親父のウヰスキーの壜を拝借したのさ。
慣れるまでは大変だった。船酔いならぬ、壜酔いだね。でも今は快適だ。海は美しいよ。キミも一緒にどう?」
わたしが浜辺で拾った壜の中には、男の子が入っていた。
彼は、わたしが誘いに乗らないと悟ると、まだ旅の途中だから海に戻してくれ、と言った。
わたしは、壜を波に乗せた。あっという間に壜は見えなくなった。
あ、どうやって壜の中に入ったのか、聞くの忘れた。
慣れるまでは大変だった。船酔いならぬ、壜酔いだね。でも今は快適だ。海は美しいよ。キミも一緒にどう?」
わたしが浜辺で拾った壜の中には、男の子が入っていた。
彼は、わたしが誘いに乗らないと悟ると、まだ旅の途中だから海に戻してくれ、と言った。
わたしは、壜を波に乗せた。あっという間に壜は見えなくなった。
あ、どうやって壜の中に入ったのか、聞くの忘れた。
2006年5月3日水曜日
2006年5月1日月曜日
罵詈無言
パルマの寡黙な令嬢
「唖か?」
と聞かれて
「莫迦!」
とひと言答えた。
黙殺されたパルマの令嬢。
There was a Young Lady of Parma,
Whose conduct grew calmer and calmer;
When they said, 'Are you dumb?'
She merely said, 'Hum!'
That provoking Young Lady of Parma.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
「唖か?」
と聞かれて
「莫迦!」
とひと言答えた。
黙殺されたパルマの令嬢。
There was a Young Lady of Parma,
Whose conduct grew calmer and calmer;
When they said, 'Are you dumb?'
She merely said, 'Hum!'
That provoking Young Lady of Parma.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
富士山
17才の時、富士に登った。学校を休んで、観光シーズンを避けて一人で登った。
頂上に着いたのは真夜中だった。朝を待つつもりでいた。日本一の頂でたった一人で夜を過ごすのは、おそろしく素敵だ。そう思いながらしゃがみ込み、近すぎる夜空を眺めていると
「あーん」
としわがれた声が聞こえた。
「あーん」
また声がする。私は懐中電灯を片手に声のする方へ向かった。
「あの、何しているんですか?」
「おや! 見つかってしまったねぇ」
こちらに振り向いた顔はしわくちゃに笑っていた。こんなに腰の曲がった老婆が、どうやって富士山頂まで登ってきたのだろう。
「食いしん坊なのよ、この子は」
老婆は、火口に人参を投げ込んだ。
「富士山が、食いしん坊……」
「そうだよ、ほかに誰がいる?」
と言いながら、今度はじゃがいもを投げている。
「ぼくも、なにかあげてもいいですか」
「あぁ、いいとも。喜ぶよ」
私はポケットに入れてあったチョコレートを一粒、火口に向けて投げた。
富士山が言った「おいしい」という声は、四十年経った今も鮮明に覚えている。
********************
500文字の心臓 第58回タイトル競作投稿作
△2
頂上に着いたのは真夜中だった。朝を待つつもりでいた。日本一の頂でたった一人で夜を過ごすのは、おそろしく素敵だ。そう思いながらしゃがみ込み、近すぎる夜空を眺めていると
「あーん」
としわがれた声が聞こえた。
「あーん」
また声がする。私は懐中電灯を片手に声のする方へ向かった。
「あの、何しているんですか?」
「おや! 見つかってしまったねぇ」
こちらに振り向いた顔はしわくちゃに笑っていた。こんなに腰の曲がった老婆が、どうやって富士山頂まで登ってきたのだろう。
「食いしん坊なのよ、この子は」
老婆は、火口に人参を投げ込んだ。
「富士山が、食いしん坊……」
「そうだよ、ほかに誰がいる?」
と言いながら、今度はじゃがいもを投げている。
「ぼくも、なにかあげてもいいですか」
「あぁ、いいとも。喜ぶよ」
私はポケットに入れてあったチョコレートを一粒、火口に向けて投げた。
富士山が言った「おいしい」という声は、四十年経った今も鮮明に覚えている。
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500文字の心臓 第58回タイトル競作投稿作
△2
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