2004年2月3日火曜日

ほうれん草

「もう、限界なの」
私は相手の顔を見ずに言った。
視線の先にはほうれん草のおひたし。
小さな陶器に盛られたおひたし。
この器はふらりと寄った陶芸作家の個展で見つけたのだった。
ちょっと高いけど、ひとめで気に入った。
目の前の男と私の分、へそくりで買った。
それ以来、おひたしはこの器、すっかり食卓の定番になった。
別れてもこの器は手放さないようにしなくては。
私はそんなことを思いながら、ほうれん草に向かって静かに別れの訳を語り続けた。
「言いたいことはよくわかった」
男もまた、私の顔を見てないだろう。
男は未練がましくいいわけをしているようだ。
黙ってほうれん草のおひたしを食べる。
話を聞いてくれたのは、ほうれん草。