2025年9月30日火曜日

暮らしの140字小説38

九月某日、曇。いつもの場所に彼岸花が咲いている。例年、眩いほどの朱色を滴らせる彼岸花たちだが今年は斑に薄かったり、黒ずんでいたり、どうも精彩を欠く。「暑かったもんなぁ」と話し掛けると一斉にこちらを向き、猛暑の深刻さを訴えるのだった。「来年はどうするつもりか人類よ」問われ、口籠る。

2025年9月23日火曜日

暮らしの140字小説37

九月某日、晴。知らない道を歩く。地図を見ていたのに、跨線橋に入る道を見逃して通り過ぎた。すぐ後ろを二人組が歩いているが、これ以上行き過ぎるわけにはいかない。ついと回れ右し、何事もない風を装って二人組とすれ違う。跨線橋を歩く。轟音。山手線が私の下を走る。まもなく知っている道に出る。

2025年9月16日火曜日

暮らしの140字小説36

九月某日、曇。今年初めての柿を食べる。子供の頃は好まなかった。酸味も果汁もない果実は甘いだけのナニカであった。柿を食べられるようになったのは年を取ってよかったことのひとつだ。窓から鳥が恨めしそうに覗いているので「柿の木地図」をやった。渋柿ばかりだと念を押したが喜んで飛んで行った。

2025年9月13日土曜日

暮らしの140字小説35

九月某日、曇時々雨。ブローチを失くした。二十年前か或いはもっと昔に貰った一番気に入っていたブローチ。どこか誰かの銀細工の作品だった。ないと気付いた時、意外にも悲しくなかった。ただただ針が付いた危険なものを落したことが気掛かりだ。悲しくない自分が悲しい。写真を撮っておけばよかった。

2025年9月10日水曜日

暮らしの140字小説34

九月某日、曇。風船の敬老会に呼ばれた。シワシワの赤い風船、空気が抜けてクタッとした橙色の風船、一人で浮遊している青い風船。それぞれに可愛い。私は萎びた黄色い風船を大事に持って、調子外れの歌を歌った。隣の白い風船は最長老、気持ちよさそうに浮いている。老風船にバルカン・サリュートを。

2025年9月5日金曜日

暮らしの140字小説33

八月某日、大雨。土砂降りの日には、徒歩二分「たぬきの店」へ買い物へ行く。「支払いは葉っぱのみ」。どうしても食料が足りないが外に出たくない日、つまり大雨の日に利用することになる。葉っぱは拾い集めておいて、銀行で「この葉っぱをお金にして下さい」と頼む。葉っぱの現金化には四十分掛かる。