2024年10月29日火曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

「具合が悪いのです」と渡されたのは月長石だった。石に具合も調子もあるものか。私は獣医だ。「黒猫の温もりと月光浴が必要です」疑いつつ入院中の黒猫に月長石を差し出すと「委細承知」の顔で石を抱えて丸くなった。満月のよく見える部屋で一晩過ごさせると、黒猫も石も見違えるほど艶やかになった。

2024年10月28日月曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

小さな黄色い長靴は強情である。雨が降れば外に出たがり、水溜りに飛び込んでは軒先で逆さ吊りにされベソをかく。最初の持ち主の我が子は歳を取り、曾孫らはこの長靴を怖がる。思い出深く捨てられなかったせいで付喪神にしてしまった。足の弱った私に代わり、大きい長靴が小さい長靴を散歩に連れ出す。

2024年10月27日日曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

同種の者たちに比べて己の姿が不恰好だというのは、薄々気が付いていた。それが長過ぎる触角のせいだとわかったのは、最近の事である。空気の震え、匂い、音、味……数多の情報が触角を通じて入り込み、伸び過ぎた触角は歩行に支障を来たす。体が重い。いっそ昆虫蒐集家に見つかって、標本になりたい。

2024年10月18日金曜日

秋の星々140字小説コンテスト「長」未投稿作

文字が泳ぐ湖に網を投げるのに憧れましたが、私の腕力では引き上げることはできませんでした。結局、自分で作ったタモ網のようなものを使っています。網は見様見真似で編み、柄は箒だった竹の棒です。長さが丁度よいのです。それで掬い上げた140個の文字を並べたものが今あなたが読んでいるものです。

2024年10月11日金曜日

秋の星々140字小説コンテスト「長」未投稿作

秋祭りに誘われ、友人の故郷を訪れた。収穫後の田んぼの上を巨大な杉玉が宙を漂っている。杉玉からは白っぽい粉が撒き散らされ、装束姿の人々が長い竹棒を田んぼに突き刺しながら走り回る。「灰とか肥料を杉玉にまぶしてあるんだ」と友人の解説。田の土が灰で白いうちに雪が積もれば来年も酒がうまい。

2024年10月10日木曜日

秋の星々140字小説コンテスト「長」未投稿作

十八歳の誕生日の二週間後、私はひとり夜行列車に乗っていた。窓の外を流れる夜をぼんやり眺めながら、朝までこうしているのも悪くないな、と思った。線路も夜も、人生も、ずっと長く続くような気がしていた。あの時乗ったブルートレインはもうないが、揺れながら過ごした夜のことを最近よく思い出す。