2024年2月13日火曜日

図書館

 あなたは今日からこの図書館の雑用係として働き始める。長く働けば、司書見習い、司書助手、司書、と出世することも可能だ。
 この図書館はあるお方の邸宅だった建物で、ほとんど宮殿と言っていい、6階建ての大きな図書館だ。階段の踊り場は、初代館長の膨大なコレクションの展示に使われている。下階から、デスク、チェアー、ランプ、万年筆、便箋だ。展示物には触れないように。え? さっき万年筆を使ってしまった? インクが掠れて、罵詈雑言を書かされた? そうだろうそうだろう。万年筆には私から詫びを入れておく。
 トイレは6階だ。6階にしかない。だが、数え切れぬほどある個室は非常に広く、デスクとランプ、ソファも備え付けられている。自分の部屋として使っている職員も多いから、適当な空き部屋を見つけるといい。名札が掛かっていないトイレならどこを使ってもよろしい。ちなみにトイレは和式だ。あまり下を見ないこと。
 あなたは足音を立ててはいけない。だからこの図書館内では宙を泳いで移動するのが基本となる。水中と同じ要領だ。難しいことはない。空気を手足で掻き分けて飛べばいいのだ。もちろん、図書館を一歩出れば、空中に浮くことなんてできない。
 あなたは図書館を訪れる人を見ることはない。だが、本が動いたり、ページが捲られたりするのを見ることはあるだろう。本が独りで動いているように見えるが、ちゃんと人がいるから安心しなさい。当然あなたの姿も他の人からは見えない。
 あなたの主な仕事は、館内の掃除だ。書棚の埃を落とし、閲覧室のテーブルと椅子を拭き、廊下を磨く。6階のトイレの掃除と紙の補充も忘れずに。ああ、名札が掛かっているトイレの掃除は不要だ。それから初代館長のコレクションも。
 一番大事なのは、本から落ちた文字の回収だ。何しろ古くて大きくて重たい本が多いから、毎日のように文字が落ちている。埃や塵と一緒に捨ててしまわぬように。一文字残らず箒と塵取りで壊れないように集めて、本に戻す。どうしてもどの本かわからない時は、専用の封筒に文字を入れて、5階の館長室のポストに入れておきなさい。文字が落ちていた場所もメモするように。私が本に戻しておこう。