2019年11月27日水曜日

変異文字

「消えず見えずインクの旅の人は、サイン入りのカードを持っているはずです」
いつの間にか、診察室に居た若者が言った。
「すみません、ノックをしても返事がなかったので」
「ああ、そうだったね。荷物はどうしましたか?」
息子の詫びを気にする様子もなく、主治医は言った。
荷物。そういえば旅の初めには小さなバッグを持っていたはずだが、いつの間にか失くしてしまった。

「荷物は繰り返す転移で、失くしてしまいました。いつ頃失くしたのだろう……。カード……そういえば、旅に出る時に写真を撮られました。確かポケットに」
手を入れると、カードがあった。見覚えがあるような、ないような人の写真と、サイン。恐る恐る差し出す。

「これは……我々の知らない文字だ」
と主治医が呟くと、カードを覗き込んだ若者が顔をしかめた。
「父さん、これは異文化の文字ではなくて、滲んだか……いえ、どこかで変質したんだと思います」