2019年11月5日火曜日

名前のない旅

目覚めはよかった。起きてから、感触はまったく元通りだった。
すべすべに見えるものは、すべすべに。
ざらざらしていそうなものは、ざらざらに。
これだけのことだが、大きなことだった。

「お目覚めですか?」と若者がやってきた。
「食事の用意ができています。部屋に運びましょうか。それとも、お嫌でなければ、ご一緒に」
若者と、若者の両親、そしてお祖母さんとともに食卓を囲んだ。こんなに大勢で賑やかな食事は本当に久しぶりだった。母上は明るく、お祖母さんも優しい人で、緊張せずに食事を楽しめた。
「どうです? 食べ物の味や噛み応え、食器の感触に違和感ありませんか?」
「おかげさまで薬がよく効いたようです。こんなに楽しい食事は久しぶりです」

しばらくこの医師の家に世話になった。家族は本当によくしてくれたし、父上のおかげで疲労が溜まっていた体もずっと調子が良くなった。若者と天道虫は、青い鳥ともずいぶん気が合うようだ。
だが、やはり、彼らの名前を知る機会は訪れなかった。そして誰にも名前を訊かれなかった。