超短編
「お歌歌ってるね」と、坊やが必ず言うのは、あるお宅のブロック塀の前だった。
色々観察してはみるが、歌を歌いそうなものは何もない。
顔を近づけてみたり、ちょっと指で弾いてみたりしても、やはり何も聞こえない。
小さな子供だけに聞こえる歌なのかしら。私はずいぶん前に子供ではなくなってしまった。
それでも「お歌」が聞きたくて、坊やが寝ている間にそっと家を出た。聴診器を持って。
周りを窺ってそっと聴診器をブロック塀に当てた。「アメイジング・グレイス」によく似たブロック塀の歌が聞こえた。