2013年4月3日水曜日

特等席

 窓際の席に一つ、いつもカフェオレが置いてある。誰もその席には座らない。
 その店の常連になるにつれて、窓際のカフェオレは見慣れた景色になってしまったけれど、その代わり気がついたこともあった。
カフェオレが少しずつ、少しずつ、減っていくこと。
 透明人間がいるのかしら。それとも、幽霊……?
 そんな話をこの店で顔見知りになった直子さんにした。直子さんはいつも窓際のカフェオレの左隣の席でコーヒーを飲んでいる。
私の祖母くらいの年格好だけれど、気さくな人で、話はよく合う。
「幽霊といえば、幽霊よねえ、あなたは」
 ふふふ、と直子さんがいたずらっぽく笑って、カフェオレの前に自分の老眼鏡をかざした。
 眼鏡の向こうで、小さなおじいさんが「やあ!」と手を振った。
 マグカップの縁に腰掛けて、小さなマグカップでカフェオレを掬って飲んでいるのだった。
「ここは、私の連れ合いの特等席だったのよ。相変わらずカフェオレばっかり飲んでるの、困ったおじいさんよね」