2006年2月28日火曜日

酸素補給

ハーグ在住の老発明家の希求は、月面探査。
至急、気球を製作した。
危急存亡、ハーグの老発明家、直ちに帰休せよ。

The was an Old Man of the Hague,
Whose ideas were excessively vague;
He built a balloon
To examine the moon
That deluded Old Man ofthe Hague.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月27日月曜日

凍った音

オレのじいさんは、氷樹の森できこりをしていた。
氷樹は木材としても薪としても優れていたし、楽器にもなった。笛にも太鼓にもなった。
氷樹の森は寒いが、じいさんは泊まりがけで仕事にいった。
一度だけ、オレはじいさんに付いて森に入ったことがある。
粗朶を集めて来いと言われて、オレは枝を拾い集めた。
じいさんが火を点けると、黄色い炎が揺らめいた。あたたかかった。
もう氷樹はすっかりなくなった。どんなに寒い土地に行っても見つからない。
じいさんの形見の笛も、氷樹が滅びるのと同時に、音がしなくなった。

《Cello》

2006年2月23日木曜日

デートのお誘い

「ぼくと一緒に」
「遊びに行きましょう?」
「かわいいお嬢さん」
学校帰り、目の前に三つの手が伸びてきた。顔を上げればおじいさんとおじさんとお兄さん。そっくりの笑顔が私を見つめている。
「おじいちゃん、彼女は僕が先に」
「息子よ、お前はまだ若い。先がある」
「老いぼれが一番安全ですぞ?お嬢さん」
私は三人の顔を代わる代わる見るしかできない。
「伜よ、お嬢さんが困っているではないか!」
「誰がお好みですか?」
「おっさんは置いて、僕と行こうよ」
私は堪らなくなって吹出した。
「みんな一緒に!」
そして、おじいさんと右手を繋いで、おじさんと左手を繋いで、お兄さんに荷物を持たせて遊園地に行ったの。お兄さんはちょっとご機嫌ななめだったけど!

《Accordeon》

2006年2月21日火曜日

醤油の呪い

トロイの年寄りはブランデーに醤油をトロリと垂らす。
匙でしゃぶれば、月は十六夜。
トロイの眺望は正直、酷い。

There was an Old Person of Troy.
Whose drink was warm brandy and soy,
Which he took with a spoon,
By the light of the moon,
In sight of the city of Troy.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月20日月曜日

陽気に羊羹

ランスに住みたるご老人、毎夜の悪夢でご乱心。
寝てはならんと、夜通し羊羹を食わされた。
ランスのご老人は乱痴気騒ぎ。

There was an Old Person of Rheims.
Who was troubled with horrible dreams;
So to keep him awake
They fed him with cake,
Which amused that Old Person of Rheims.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月19日日曜日

惚けたベロ

ベロがフラフラなプラハのオババは「帽子は?」と聞かれて「忘失した」と答える。
神が降ったか、プラハのオババ。

There was an Old Lady of Prague,
Whose language was horribly vague;
When they said,"Are these caps?"
She answered"Perhaps!"
That oracular Lady of Prague.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月18日土曜日

万事休す

乗馬が上手なネパールの老人が落馬して分裂した。
二つの身体は、強力ボンドで粘着修理を施され、たちまち快復した。
粘り強い、このネパールの老人に万々歳。

There was an old man of Nepaul,
From his horse had a terrible fall;
But,though split quite in two,
With some very strong glue
They mended that man of Nepaul.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月17日金曜日

果敢な春

ハルに住まう乙女は、春真っ盛りの雄牛に迫られていた。
乙女は鋤を突き付け、雄牛に告げる。
「あなた、隙だらけよ?」
童貞の雄牛は動転して失禁。

There was a young lady of Hull.
Who was chased by a virulent Bull;
But she seized on a spade,
And called out,"Who's afraid?"
Which distracted that virulent Bull.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年2月16日木曜日

栄養

 11才の秋から、押し入れの中にしゃれこうべが住むようになった。
 しゃれこうべは出来の悪いテストや、エロ本やアダルトビデオ、出せなかったラブレターや、ネコババしたマンガを食べて暮らしていた。どれも家族にも友達にも見せられないものばかりだ。
 しゃれこうべは、食べた物から知識を得たらしい。僕が押し入れを開けるたび
「前から好きでした!」
「関係代名詞!」
「きみのことが頭から離れない!」
「もっと!」
「古今和歌集!」
「濡れた!」
「じっちゃんの名にかけて!」「禁断エロス!」
などと顎関節をガクガクさせながら叫んだ。叫ぶのを止めさせようとして、何度も手を噛まれた。
 しかし、最近は元気がない。叫び声にも張りがない。食べ物がなくなってきたのだ。
 ラブレターなど書かなくなったし、こそこそとエロ本を見ることも少なくなった。テストなんか、何年も受けていない。
 僕は、しゃれこうべの栄養のために秘密を作らなければならない。浮気でもしてみようか?そんなことでは、弱ったしゃれこうべには物足りないかもしれない。
 もっと、栄養の付くものを。もっと飛び切りの秘密を。
 まずは出刃包丁を買いにいこう。そのうちに押し入れのしゃれこうべは二人になるはずだ。

2006年2月15日水曜日

夜道の慰めに知らない☆に名前を付けた。
「……はゆらむ」
☆はにっこりと瞬いた。たぶんあの☆には既に誰かが付けた名前があるだろう。
図鑑で調べればわかるはずだ。
でもそれは問題じゃない。わたしにとっても、はゆらむにとっても。
 はゆらむは赤っぽく光る時も青っぽく光る時もあった。
赤っぽく光ればドキドキしたし、青っぽく光ればうっとりした。
曇った晩には会えないのが淋しい。雨の晩のほうがいくらかマシだ。
傘が空を隠すから。


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500文字の心臓 第55回タイトル競作投稿作
○2△1×1

2006年2月14日火曜日

ひたすらに

鳥と案山子が何やら囁き合っているのを、知らぬふりして百姓は働く。

《Ocarina》

2006年2月13日月曜日

美の探求

最近の私は、四角や三角の木の塊を積み上げることに夢中だ。
先月、はじめての誕生日に父から贈られたその木の塊は
「積み木」と呼ぶらしいが私はまだ正確に発音が出来ない。
私は積み木の感触、木目、匂いを目や手や舌で存分に味わう。
特に木目を撫でていると吸い込まれそうな感じがする。
よく観察した後で床に置く。積み木の指示に従って向きや位置を調節する。
そうやって一つづつ、並べ重ねていく。
積み木の注文は細かいので、なかなか完成しないが
その甲斐あって、出来上がりは見事なものになる。
造形はもちろん、輝き・木目・影……すべてに均整が取れたすばらしさ。
ああ、この美しさを言葉にできないもどかしさよ!
「言葉を獲得した頃には、その美しさを忘れているよ」と積み木は言うが、本当だろうか。
そんな思索も母の一声で台なしになる。
「お片付けしましょうね」

《Oboe》

2006年2月11日土曜日

星が降るから

百年に一度の星降る夜に、屋上で寝転がる。
コートを着て、マフラー巻いて、手袋付けて。
星は予想以上によく降った。
キラキラと星が落ちてくるのを眺めていると、なんだか宇宙に引き込まれそうな気持ちになる。
細かい星だから、口や鼻にも入って来る。くしゃみが止まらない。
あちこちのビルからくしゃみが聞こえてきて笑ったら、もっとくしゃみが出た。
あの子も星を吸い込んでくしゃみをしているかな。
そういえば、僕はまだ、あの子のくしゃみを聞いたことがない。

《Piano》

2006年2月9日木曜日

友からの手紙

絵画を前にして大声をあげて涙を流すのは初めてだったよ。
もっとも君は、私がこの絵の中の婦人と話していることのほうが驚くだろうけれど。
彼女の声は、どこまでも美しいが、時折動けないことを嘆き震えた。
友よ、私はどうしたと思う?
絵画に手を差し入れて、婦人を引っ張りだそうとしたのだ。……私は婦人に恋をしていた。
存外、簡単に手は入った。肘も入った。けれども、何も触れるものがない。
「もっと奥よ」と彼女が言うので、私は目一杯腕を伸ばして、中を探った。動かせるだけ動かした。
「ありがとう、もういいわ……」と涙声が聞こえて、私は仕方なく手を抜いた。
絵の中に彼女はいなかった。何が描いてあるのか、わからなくなっていた。私が目茶苦茶に手を動かしたから、絵が掻き混ぜられたのだと理解した。
その証拠に私の腕は、絵の具で塗れていた。
私は己の手で、愛しい人を消してしまったのだ。……一度も触れることなく!

《Lute》

2006年2月8日水曜日

甘い硬貨

「……もっと甘いのが欲しかったのよ?」
グラスを置きながら彼を睨むと、指先からコインが出てきた。
突然の手品に思わず見とれる。
彼は、それをグラスに勢いよくぶつけた。けたたましい音がすると思いきや、「チュッ」と口づける音がする。
一口呑むと、注文通り甘くなっていた。

《Tenor Saxophone》

2006年2月6日月曜日

Rendezvous

ほうれん草の缶詰が好きなアイツが華奢なあの娘と踊ってる。
ほら、ご覧!錨のマークもスウィングしてるよ。
よしな、あの娘は他の野郎は目に留まらないんだ。
妬けるねぇ、まったく。

《Cornet》

2006年2月5日日曜日

休息

ゆりかごに揺られているのは、52枚のカードだった。
私は見なかったことにしてすぐそこを去ったが
(誰だって昼寝の顔は見られたくないものだ)
すぐ後に強い風が吹き、つむじ風に巻かれて天に昇る彼らを見ることになった。

《Harpe》

2006年2月3日金曜日

プレリュード

森の奥に小さな湖がある。冬になると湖は間違いなく凍る。
彼はたぶん十一才だ。十才にしては大人びているし、12才にしては華奢だから。
彼は、凍った湖の上に薪を組んで火をつけた。
湖の真ん中で炎が揺れている。
彼は凍った水面にどっかり腰を下ろして、炎を見ていた。時々薪を足して、うまく火を育てている。
暗くなっても炎が消えることはなかった。私の家の窓から木々の隙間から湖が見えるのだ。
私は眠った思いの外よく眠れた。
朝、湖には炎はもちろん、少年も薪の燃え残りもなく、凍っている。

《Flute》

2006年2月2日木曜日

毒の味

魔女が薬を作っている。僕に飲ませる毒薬に違いない。
しかしどうにも手つきが怪しい。
目にも留まらぬ速さでナイフを動かしているが時々「イタッ」とかわいらしい声を出して、僕を睨む。
僕は囚われの身で、猿轡を噛まされ後手に縛られているのだから、どうすることもできない。
……本当は縄が緩くて手が抜けそうなんだけど。
ようやく毒薬が出来上がったらしい。魔女はそれを指で掬って舐めた……いけない!
それは毒だ!
僕は立ち上がって、魔女を抱きしめ、強引に唇を奪った。
どうせ、僕が飲む毒薬だもの、どこから飲んだって一緒じゃないか。

《Marinba》