2004年8月9日月曜日

恋人たちは

前を歩いていた恋人同士がポケットに入っていった。
無論、この道にポケットなどない。
しかし、それは「ポケットに入っていった」としか言いようがなく、また、それが一番ふさわしい表現だと確信できる。

ぼくはポケットに入った二人の行く末を想像し、すこし笑った。

2004年8月8日日曜日

警告

「一番小さいポケットは開けてはいけません」祖母が贈ってくれた鞄についていた手紙には、そう記されていた。ぼくは鞄をためつ、すがめつ眺める。
「一番小さなポケット……あぁ。これ、か?」
それは鞄の脇についていた。飴玉ひとつ入りそうにない大きさで、その上開けられないように縫い付けられている。これをポケットと呼んでいいものかと思い、笑う。
鞄は通学用に使うことにした。
 使い始めて三年が経ったある日、ポケットを縫い付けていた糸が取れかかっていることに気付いた。何気なく指を突っ込んだぼくは、激痛に悲鳴を上げた。

2004年8月6日金曜日

不思議を不思議と思わない不思議

ずんぐりむっくりで、あるところは茶色く、またある部分は緑色の掃部くんはレオナルド・ションヴォリ氏のおともだち。
耳はダランと垂れ下がり、鼻はもわもわでまんまるい。
太く長いしっぽを引きずって歩く姿はションヴォリ氏の笑いを誘う。
体のあちこちについている十二個のポケットには、いつもチョコレートやキャンディーやビスケットでいっぱいだ。
どうしてポケットが十二あって、チョコレートやキャンディーやビスケットが入っているのか、だれも知らないし、掃部くんもわからない。
でも掃部くんはそれをちっとも不思議に思っていないから不思議だ。

2004年8月5日木曜日

相続

祖父が死んだので着物を整理をする。
こういうのはあまり時間をおかずにサッサと済ませるのがいい。
夏物の入った引き出しを開けると真っ先に甚兵衛が出てきた。
そういえば、夏になるとよく着ていたっけ……。
「ベェーベェー」
甚兵衛が鳴いた。
左前についたポケットからピンクのヤギがひょっこり出てきた。
鳴いていたのは甚兵衛ではなくこのヤギだったか。
ピンクでチビのクセになかなか立派な角をしている。
「ベェーベェー」
私は迷うことなくピンクのヤギを自分のジーンズのポケットに押し込んだ。

2004年8月3日火曜日

まぼろしのうた

たぶんこれはママが若い時に着ていたコートだ。
クローゼットの奥で見付けた深い緑色のコート。
よく見ると少しくたびれているけどレトロな感じが気に入って、貰うことにした。
さっそく次の日着て出掛けた。
とても寒かったから思わずポケットに手を入れようとしたら
左のポケットの口が縫い付けてあった。
なんでかなァと思いながら見ると、糸がかなりゆるんでいたからエイッと引きちぎっちゃった。
「せっせっせーのよいよいよい」
ポケットが歌いだした!
しかもへたっぴ!
 えらいもの、もらっちゃったなあ。

2004年8月2日月曜日

白いワンピースのご婦人でした

「恐れ入りますが、あなたのポケットに入ってもかまいませんか?」
「結構ですよ。どちらになさいますか?」
「では……右の胸のポケットでお願いします」
「よろしゅうございます。あまり動かないでくださいませね。こそばゆいですから」

2004年8月1日日曜日

喫茶店にて

斜め前のテーブルでアイスコーヒーを飲むビジネスマンのYシャツの胸ポケットから一つ目小僧の小人がこちらを伺っている。
小さくアカンべーをして見せると小僧もアカンべーを返した。
目をくるくる回すと、やっぱり真似をした。
最後にウィンクをしたら小僧は混乱し癇癪を起こした。
オレは笑いを堪えすぎて涙が出たよ。
すると、それまで黙々と手帳に書き物をしていたビジネスマンがキッと顔をあげ、最高の笑顔でウィンクをした。