「骨を食えば、骨になる。骨すなわち格である」
食うものがなくなり、味のしなくなった骨を咥えている野良犬に、そんな説教をした坊さんがいた。
犬はこれ幸いと坊さんを襲い、食べ始めたが、坊さんもまた即身仏寸前であったので、大して肉にはならなかった。
それでも犬はすみずみまで不味い坊さんを食べ尽くした。
それから坊さんの背負っていた頭陀袋を漁ると、大小様々な骨が出てきた。人間のも、獣のもあった。白いのも黒いのもあった。
犬はそれを蹴散らして、味のしない骨を啜りながら、また彷徨い始める。
十一人はそれぞれに役割を持っている。
一人目は測る人、二人目は塗る人、三人目は切る人、四人目は着る人、五人目は折る人、六人目は織る人、七人目は書く人、八人目は待つ人、九人目は寝る人、十人目は探す人、そして十一人目は喋る人である。
ちなみに順不同、他意はない。
さて、十一人はそれぞれの持ち場について仕事をするわけだが、喋る人はこのごろ喋るのにちょっと疲れてきた。隣の芝は青い、只管に芝生の長さを測っている人が羨ましかったので、交代を申し出た。
測る人から喋る人になった人は、何を喋って良いかわからなくなって、昨日食べたケーキが如何に美味しかったかを延々喋っている。
今度は着る人になりたいな、と思いながら昨日のケーキの話をまだしているし、隣で切る人がケーキを11等分しようと苦戦している。
車が水を飛ばしながら私の横を通り過ぎていく。
せっかく雨が上がったというのに、憂鬱だ。さっきの車のせいで、お気に入りの服がビショビショになったからだけではない。もうずっと前から、憂鬱の種からはたくさんの芽が出ていたのだ、きっと。
「こんな日は、甘い甘いコーヒーを飲みましょう。ミルクもたっぷり、シュガーもたっぷり、ね」
祖母の声を聞いたような気がして、目の前に現れた喫茶店に入った。
「カフェオレ、下さい」
祖母の言いつけ通リ、ゆっくりとカフェオレを飲む。
こんなところに喫茶店はないはずなのだけれど、今の私にはどうでもよかった。だってカフェオレが美味しいから。
「虹が出ている間だけ、ですよ」
マスターが私の疑問を見透かしたように言う。眼差しが優しい。
「でも、大丈夫。今日の虹は頑丈です。どうぞごゆっくり」
窓の外を見やると、くっきりとした虹が出ていた。マスターと同じ顔をした紳士たちが大きな筆で虹をせっせと書き足しているのが見えた。
「マスター、カフェオレ、もう一杯下さい」
「赤いうがい薬と、青いうがい薬と、黄色いうがい薬、どれがいい?」
と息子が言う。お店やさんごっこをしているようだ。
「それじゃあ、黄色いうがい薬下さい。ゴホンゴホン」
風邪をひいている風をして、客の役をやって見せる。
「黄色いうがい薬は、風邪には効きません。ヒマワリと話ができます」
最後は息子の声ではなかった。低くてガサガサした男の声。
「ハイ! 3250円です」
なんて高いうがい薬だ。と、思う前に古びた小瓶を渡された。絵の具を溶かしたような黄色の色水が入っている。
おもちゃのお札と引き換えに小瓶を受け取る。こんな瓶、どこで拾ってきたのだろう。
「ね、早くうがいして! 早く早く!!」
瓶の蓋を開けると、庭に咲いたヒマワリ達が一斉にこちらを向いた。