2010年4月30日金曜日

宝物

「宝物は全部、私の中に大事にしまってあるの」
僕の彼女はよくそんな話をする。やせっぽちなくせにお腹がぷっくり出ている。幼女のような美しい彼女。
僕はそのお腹をやさしく撫でながら「いいだろ?」と囁いた。
小さく頷いたのを確認して、彼女の全身にキスを浴びせ、太腿からとろけた股間へ指を這わせた。
「え?」
彼女の中に、異物を感じ、引っ張り出す。彼女が甘い吐息で「イヤ」と言う。
「百点満点のテスト」
「どうしてこんなものが?」
「宝物だから。ずっと大事にしたいから」
宝物は次から次へと出てきた。死んだペットの首輪、初めて買った小説、綺麗な水晶玉……。子供の時大事にしていたという人形を引き出した時、とうとう僕はトイレへ駆け込んだ。
「ねぇ、来て?」
と彼女は潤んだ目で言った。「今一番の宝物をしまわなくちゃ」
僕はもうすっかりその気をなくしていたが、それは全く関係がないようだった。
彼女にとって、僕は保管すべき宝物でしかないのだ。こうして僕は彼女に呑み込まれる。

2010年4月29日木曜日

無題

今宵、十六夜月は煌煌、茶は茉莉花。

2010年4月26日月曜日

のみ

蚤のみを飲み続けよ。

無題

旅行鞄はよいな。旅に行く時だけ目覚めて、あとは天袋で眠っていればよいのだもの。

2010年4月25日日曜日

最後の楽団

街で一番の高層ビルでのコンサート。この拍手が消えたら、楽団は解散する。

火山灰に埋もれた街に、弦楽器は生きづらい。まして管楽器なんて。
ヴァイオリニストは演奏中しばしば弓に付いた灰を拭った。
楽団の解散を報せるファンファーレを鳴らすために、トランペッターは三回も楽器を分解して灰を洗い流さなければならなかった。
観客はそれを見て、楽団の解散が避けようのない現実だと悟る。

洗浄を終えたトランペットがファンファーレを射つ。観客はファンファーレの圧力を身体いっぱいに感じ、これが最後の音楽なのだと涙する。

2010年4月21日水曜日

無題

ピーコックグリーンの傘を右手に、新聞紙に包まれたカーネーションを左手に、雨の夜道を早足で歩く。
カーネーションは雨に濡れて泣いているように見えた。

2010年4月18日日曜日

沈殿都市

この都市は一年に10cmの速さで沈んでいる。
ふかふかの火山灰の上に建てられたビル、ビル、ビル。
10cmというのは「火山が沈黙していた場合」だ。火山が爆発して灰が降れば、この限りではない。
よその町からは「どうしてそんなところに街を作るんだい?」と訊かれるが、
「ここが我々にとって心地よい場所だからだ」としか応えようがない。
「どうしてビルが倒れないんだい?」とも訊かれれば
「火山灰に垂直に沈むよう計算されつくしているからだ」と答える。倒壊の恐れは、ほとんどない。
今年はまたずいぶんと火山灰が降った。
我々は既に地上にいるよりも火山灰に埋もれている時間が長くなった。
近頃は、息をすると苦しい。我々の子は、空気を呼吸する必要がなくなるであろう。そうあるべきと、我々の親は望み、この都市を作った。

この都市が沈みゆくのを刮目せよ。我々は、地球の澱となる。

いさやん
砂場しゃん
あきよさん
三里さん

2010年4月17日土曜日

無題

ネパールの高地にあるイランへ旅行に行った。山小屋の歯磨き粉が非常に不味かった。……という夢を見た。

2010年4月15日木曜日

古城に棲む人

男は姿を失った。透明人間になったのである。
それに伴い男の妻は、耳と鼻が著しく発達した。夫の姿や行動を捉えるべく、足音や衣擦れ、体臭の変化を逃さぬようにした結果だった。
姿の見えない夫に、犬のような耳と鼻を持った妻、夫妻が世間から疎まれるのに時間は掛からない。
二人は、人里離れた古い城に移り住み、毎夜ダンスを踊っている。

無題

世の中がイヤになったり、耳になったり、年になったり、実に忙しい。

2010年4月13日火曜日

無題

わかっちゃいたけど、ウサギはいつだっておとなしくしてはくれない。暴れるから、部屋中に毛が舞っている。

2010年4月12日月曜日

老いた月

月は皺だらけの顔をしかめながら、夜の都会を眺める。
湾に映る顔が揺れるのは、波のせいだけではない。

建設中のタワーはどんどんと高くなり、完成すれば月の鼻先を掠めることは確実となった。
ビルの明かりは、年々冷たいものになっていく。
もう自力で毎夜空に昇るのは大変になっている。
そろそろ、ゼンマイ式に変えてもらわなくてはならないだろう。

2010年4月11日日曜日

無題

夜の川は、夜より夜らしさを湛えている。

2010年4月7日水曜日

読書の残骸

祖父が死んで、初めて書斎に足を踏み入れた。
生きているうちは決して入ることを許されなかった祖父の書斎。
一度入ってみたいと熱望していたその部屋は、想像以上に広かった。家の他の部屋とは明らかに異空間だ。祖父の匂いが充ち、重厚な本棚が僕を見下ろす。
床には本が散乱していた。開きかかったままの本も多かった。調べ物の途中だっただろうか? でも、ずいぶん乱雑だ。いつもきちんとしていた祖父の仕業とは思えない。
僕は、転がったままの本を一冊取り上げて、パラパラと捲る。所々にしか文字が残っていない。そういえば、祖父は本を読むことを「本を食べる」と言っていた。
他の本も多くは文字が残っていなかった。この部屋の本を、どれだけ祖父は食べたのだろう。
僕は手当たり次第、本を捲った。何百冊も手に取った。
どの本もスカスカだった。それは、養分を吸い取られた土を思わせた。
もうここに本はないのだ。あるのは、読書の残骸だけだ。僕はそう確信した後も、本を捲ることを止めなかった。

いさやん

あきよさん

2010年4月6日火曜日

月面楽団

ひょんなことから、月面にアコーディオンが着地した。
月のウサギは早速それを伸び縮みさせる。
ふとした拍子に、月面にカスタネットが墜落した。月のウサギは早速それを手中に収める。
どういうわけだか、こうして月に多種多様な楽器が集まったので、月のウサギたちは楽団を作ることにした。
ちょっと困ったことに、せっかくの演奏は、当のウサギたちにも聞こえないのだけれども。

2010年4月5日月曜日

ゆらりゆらら

ちょっと海で眠りたくなった。海藻になるか海月になるか、考える。
「どっちがいいかな」
「海月は、起こしに行くのが大変だから、海藻にして」
と、恋人に言われた。
それもそうだ。海月はどこに行くかわからない。昆布になって、波に揺られて眠ろうと思う。おやすみなさい。

三里さん
あきよさん
いさやん
砂場さん

2010年4月1日木曜日

東京以外全部集合

東京以外の道府県が初めて全部集まって、東京の噂話をしていた。
主に、東京に行った時のそれぞれの思い出話である。
「東京ドームが」「スカイツリーが」「おいしいお店が」「裏原宿が」「お台場が」
そろそろお開きということになって、一斉に帰ったのだけれども、どうも帰り道を間違えた県がいくつかあるらしく、人間どもは翌年から大騒ぎで地図の書き換えをしなければならなかった。
地球儀からカーナビまで全部更新。