2007年3月31日土曜日

三月三十一日 デザート

注文した料理はことごとく品切れだった。
「生麸のアボカド、ほうじ茶アイスクリーム」なんて絶品がこっそり運ばれてきたから、腹は立たない。

2007年3月30日金曜日

三月三十日 赤いスニーカー

赤いスニーカーを履くと、どうにも走り出したくなって困る。
わたしが全速疾走したところで、赤いスニーカーは満足しないだろう。
ごめんね、赤いスニーカー。わたしはとても足が遅いんだ。

2007年3月29日木曜日

三月二十九日 新しいノコギリ

新しい小さなノコギリで小さな板を切った。
ノコギリは小さくて刃が薄いのがいい。
大きな板は大きななノコギリで切ればいい。
でもわたしは小さな板しか切らない。
作るのは小人の住まいだから。

2007年3月28日水曜日

三月二十八日 山々なのだが

山の天気のように、心が移ろう。
山のように、デンと構えていられたらよいのだがなぁと山を見ながら思う。
でも、富士山も甲斐駒も八ヶ岳も浅間山も、みな違う性格をしていたから、一人くらい神経質な山がいるかもしれない。

2007年3月26日月曜日

三月二十六日 招き猫を招く猫

たくさんの招き猫に囲まれて、猫が昼寝をしていた。
猫が招き猫を倒さずに昼寝の場所にたどり着けるはずがない。
たぶん招き猫が猫の周りに集まってきたのだ。

2007年3月25日日曜日

三月二十五日 亡者と痴人の文字

子供のころにもらった手紙を整理した。
この箱の中の手紙の差出人多くは、既に亡き人か、筆を取れなくなった人だ。
私はそれを処分できない。
かといって保存するものでもない。文化財ではないのだから。
ただ、そのままにしておく。
それだけ。

2007年3月24日土曜日

三月二十四日 サル

山の中にサルの声が響く。
真似してキャンキャンと声を出したら、返事をする。
十分くらい、そうやってサルと声を掛け合った。
ウサギはひどく怯えていた。今度生意気ことをしたら、サルの声で驚かせてやろう。

三月二十三日 また虫

古くなった書類をシュレッダーにかけた。手回しの小さなシュレッダーだからなかなか進まない。
「ねぇ、紙きり虫の知り合いはいないの?」
とチョコレートを食べなが寛ぐウサギに聞いた。
「紙きり虫?あぁ、たくさんいるよ。でも彼らはグルメだから、その紙を食べるかどうか、わからないね」
じゃあ、ヤギは?と聞こうかと思ったけれどまたまた疲れる応えが帰ってきそうなのでやめた。

2007年3月23日金曜日

チョコ痕

 日が落ちた町に細長くチョコ痕が続く。ビルの壁、街路樹の幹、ガードレール。人の目には茶色い汚れの筋にしか見えないそこを辿るのは、なめくじである。
 なめくじはチョコレートの香りに導かれ、一分の狂いなくチョコ痕を辿る。ほんのわずかこびりついたチョコ痕をきれいに舐め取り、引き換えに彼の粘液を残す。チョコレートを舐め取った後の粘液は、チョコレートと彼の体臭が混ざり合い、妙なる香りを発する。
それを嗅ぎつけた野良犬たちが、切なく吠える。
 歩道橋の手すり、横断歩道、チョコ痕は続く。なめくじが歩む。野良犬の遠吠えもしばらく続きそうだ。


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500文字の心臓 第65回タイトル競作投稿作
○7△1 正選王

三月二十二日 虫

決心してたくさんの雑誌やコミックを処分した。
ずいぶんな量を片付けたつもりなのに、書斎は少しもすっきりしない。
「なんでかなぁ」とため息をついたら、ウサギが言った。
「こんな本、本の虫に食わせれば、あっという間だよ」
本の虫は、相当グロテスクなんだろう。ウサギの顔が苦虫を噛み潰したようだったから。
やっぱり人間の手で片付けるしかなさそうだ。

2007年3月22日木曜日

三月二十一日 色合わせ

時折、色と色がまぐわいを見せた。
溶け合うかどうか、ゆっくりと吟味し、なめらかに交わる。
ぶつかり合う色と色もある。勝ち負けはないのに。
よく似た二つの色は、如何に似ているかを主張すると同時に、個性を出したがる。
わたしはすべての色を褒め、愛でることしかできない。

2007年3月21日水曜日

三月二十七日 二分が二時間

二分のために出かけたら、帰って来たのは二時間後だった。
用事は二分で済んだのだ、確かに。
一体、わたしはどこをどうほっつき歩いていたのだろう。

三月二十日 涙の色

右目からポロポロと落ちた涙は、勿忘草色をしていた。
瓶に集めたら綺麗かもしれない。
けれどもコンビニの中じゃどうしようもなく、ただ右目だけで泣いていた。

2007年3月20日火曜日

三月十九日 午後六時二十分

金星めがけて二羽の烏が飛んでいった。

2007年3月18日日曜日

三月十八日 百貨店はトマト尽く

プチトマトが甘かったから4個食べた。
たぶん試食最高記録じゃないだろうか。
そのあと、トマト色の宝石と、トマト色の口紅とトマト色のマフラーとトマト色の紙を買った。
トマト色のマフラーは失敗だった。もう春なのに。

2007年3月17日土曜日

三月十七日 図書館では誰でも

小さな紙片は本になりたがって、うろうろしていた。
仕方ない、図書館では、どんな紙くずでも本になりたくなるものだ。
紙片たちを拾い集めて、小さな本に貼りつけた。
紙片の気が済んだかどうかはわからない。
糊でしっかりくっつけたから、身動きできないだけかもしれない。

2007年3月16日金曜日

三月十六日 フライングタルト

あわてんぼうのタルトは、空を飛んで予定より二日早く到着した。
「まだ早いよ」と言うと
「すみません、思ったより風が強くて、早く着いちゃいました」
とペコペコ謝っていた。
タルトは許してやり、みんなで食べた。おいしかった。
でもやっぱり予定の日にも食べたい。

2007年3月15日木曜日

三月十五日 大きな白の犬

大きな白の犬がでろでろと歩いていた。
「でかい図体のくせに。剣呑だな」
とウサギが言う。
「でも毛並みはアンタよりきれいだよ」
本当にふかふかの犬だった。いささか白すぎるけれども。
たまには犬もいいな。

三月十四日 お布団被ってちょっと来ておくれ

お布団びりびり行かれない。
布団を干しながら花一匁を歌っていたら、布団は本当にビリビリと皮が破れて綿はぼんぼんと飛んでいった。

2007年3月13日火曜日

三月十三日 本棚を片付けた

唐突に本棚を片付け始めた。
本棚には本当に気に入った本しか入れない。
それなのに、知らない本が増えている。
「毛繕いの極意」
「赤い瞳の女」
「尻尾はやめて」
「魅惑の耳」
ウサギがいつのまにか持ち込んだらしい。
読んでみようかと思ったが、止めた。万が一おもしろかったら悔しいじゃないか。

2007年3月12日月曜日

三月十二日 えんがちょ

コドモたちがインフルエンザ自慢をしている。
「おれ38度」
「オレ40度」
「おれA型」
「オレB型」
「タミフル飲んだ」
「飲まなかった」
わかったよ。
わかったから、近寄るな。触るな。こっち見るな。
気がつくと、往来の真ん中で「えんがちょ!えんがちょ!」と喚いていた。
どうやって家に帰ったのか、わからない。

2007年3月11日日曜日

三月十一日 雪のち曇のち晴れ

雪の朝、星空の夜。
ロールケーキ、塩ラーメン。
2000年の歌、2007年の高校生。
実にめまぐるしく一日は流れる。

2007年3月10日土曜日

三月十日 異常食欲

珍しくスナック菓子を食べた。一日に二度も。
三度の飯も普段通り食べたというのに。
「どうしちゃったんだろ」
「そりゃ、恋患いか、エルニーニョだ」
とウサギが真面目な顔で言った。
エルニーニョが何か、わかっているのだろうか。

三月九日 とまどい

大嫌いで大嫌いで仕方なかった、ハスキーボイスに魅せられはじめている。
戸惑いは置いておいて、本当に嫌いじゃなくなったのか、確かめなくちゃいけない。
好きだと言うのには、まだ早い。

2007年3月9日金曜日

三月八日 疑問だらけのモスパ

体重計にしゃがみこんで、父と話し合った。父は湯船の中だ。
「でも父ちゃん、モスパはスバドーカみたいに850円付かないんだろ?」
「なにやらスバを使う度にポイントが付くらしいぞ。でも有効期限があるらしい。それにポイントの割合が850円よりいいかどうか」
「じやあ、もし850円より安かったらスバはスバドーカを使ったほうがよいね」
「そうだな。その辺もよく確認しといとくれ。でもトッネスパはいらなくなるから、枚数は減るよな。というわけで、モスパについてよく調べておけ」
「おぅ」
わざわざ風呂に入ったままする話ではない。

2007年3月8日木曜日

三月七日 素敵なモノサシ

タロウさんのバカバカシサモノサシで身体を測ってもらったら12バカバカシサだった。もう少しあるかと思ったのに。
ウサギは23バカバカシサだった。
「そんなバカな」
と文句を言いながら、ドーナツをピンと立てた耳に次々通していた。

2007年3月6日火曜日

三月六日 星空に本心を映す

昨日と打って変わって、星空だった。お月さんも「どうだ」と言わんばかりに輝いている。
今夜のような星空を、誰と一緒に見たいだろうか。
最初に思い浮かんだ人が、たぶん今一番恋しい人だ。
意外な顔が脳裏に現れて、動揺した。

2007年3月5日月曜日

三月五日 不機嫌な月

ものすごい勢いで雲が流れて、お月さんはなんだか鬱陶しそうだ。
「低気圧だから、しょげてんだな、アイツも。」
と通りすがりのお兄さんも月を見上げて呟いていた。
まったくだ。

2007年3月4日日曜日

三月四日 髭なし髭おじさん現る

髭なし髭おじさんがバイクを飛ばして家にやってきた。
髭なし髭おじさんは、どういうわけかウサギと意気投合し、大きな声で語りあっていた。
髭なし髭おじさんがウサギを構ってくれたおかげで、ずいぶんゆっくりできた。
部屋のドアをきっちり閉め、耳栓をしたけども。

2007年3月3日土曜日

三月三日 ビターチョコレート

99%のチョコレートはすっと舌の上で消えた。
「どうだ? 苦かっただろ?」とウサギが意地悪な声を出した。
「ちっとも」
このチョコレートより苦いものを、私はいろいろ知ってるもの。

三月二日 懐かしくない理由

懐かしの映像に懐かしさを感じないのは、どう説明したらよいか。
七年前も経っているんだけどなぁ。
とぼんやり思っていたら、ウサギに悪態をつかれた。
「それは年を取ったからだ。」
「時間の流れに鈍感なんだな。」
「惚れかたが不純なんだよ」
どれも間違っていないが的は得ていないと思う。
結局よくわからない。

2007年3月2日金曜日

三月一日 てるてる坊主割れる

飴玉袋に付いていたてるてる坊主が落ちて割れた。
雨が降るかと思ったけれど、相変わらず晴れたままだ。