2002年7月29日月曜日

大好き

大切なランプの火が消えてしまったんだ。
あー困ったなあ。これがないとなんにも見えないよ。
おまけにコーヒーまで飲めなくなるじゃないか。
考えてみると星も食べられなくなるし。
今夜は暑いな、アイスコーヒーと彼女でも頂くか。
しまった、コーヒーが飲めないんだった。
くー、彼女が食べられないじゃん。

2002年7月24日水曜日

缶コーヒーが引き起こしたぬるま湯とは

私が何をしたというのだろう。
自動販売機の前で缶コーヒー片手にしゃがみ込んでいる男に声を掛けただけなのに。
「おつりが転がってしまって」
と言って男は立ち上がり私を縛り上げて車に乗せた。
何故こんなに冷静でいられるのだろう。
今、生まれて初めて鉄の塊をつきつけられているというのに。
ああ、なんだかぬるま湯を浴びているような

2002年7月23日火曜日

桜の木の下で

もう10年ほど続けているだろうか。
天気のよい日には、この桜の木の下でコーヒーを飲む。
ここはほとんど人が通らない小さな道だが、なぜかベンチが置いてある。
いつも、桜に話し掛けながら、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「きのうの台風は堪えただろう?どこか痛くないか?」
「今年もきれいな花をありがとう。あと何回、見られるかねえ……」
最近は、桜も話をしてくれるようになって、ついつい日暮れ近くまで居ついてしまう。

「おじいちゃん!またここにいた!なんでコーヒーカップ持って出るのかなぁ……?さ、早く帰ろう」

2002年7月19日金曜日

猫とおじいさんとハムサンドの話

朝から喫茶店でノートを広げるようになって、一ヶ月。
新しい友達ができた。猫と、おじいさん。
猫の友達も、おじいさんの友達も、はじめてだった。
猫は店のカウンターの端でいつも寝ていた。
通い始めて一週間くらいで、ドアを開けると挨拶してくれるようになった。
アイスカフェ・オ・レとハムとチーズのサンドウィッチを頼んで、
彼の後ろのテーブルに座ると、彼は、私の方に向き直って寝る。
そして、毎日この喫茶店で朝食を取るおじいさん。
おじいさんはある日「いつもがんばってるね。何の勉強かい?」と私に話し掛けた。
おじいさんはいろんな話をしてくれた。毎日自転車でこの喫茶店にくること。
絵を書いていること。孫が二人いること。
猫はもう10年もこのカウンターに居座っている、ノラだということ。
そしてこの国でかつて起きた悲しい出来事について……。

通いはじめて5ヶ月、おじいさんと猫にお別れをしなければならなくなった。
私は試験に合格し、遠くの学校へ行くことになったのだ。
猫はいつもよりも甘えてくれた。
おじいさんは、うさぎの絵と筆をくれた。

今はもう、猫は死んでしまったけど、
おじいさんは元気にうさぎの絵を描いている。
私は、この喫茶店で働き始めた。

2002年7月16日火曜日

嵐の晩に

嵐の晩、俺は部屋中の電気を消して、蝋燭を一本つける。
カーテンを開ける。窓もいくつか開ける。
そして外を眺めながら、お気に入りのソファーでコーヒーを飲むのが、
年に数回の楽しみだ。

2002年7月14日日曜日

宝物

ヒョウ太さんは、毎日、一杯のコーヒーを時間をかけて飲んでいました。
いいえ、一杯のコーヒーが一日中、机の上にあるのです。
朝は湯気が立っていたコーヒーも、お昼になるころには
冷たくなっています。でも、夕方にはきちんと飲み終えているのです。
アヤコさんが聞きました。
「コーヒー、好きなの?嫌いなの?」
冷えたコーヒーなんて、とても不味そうに見えるのです。
ヒョウ太さんは言いました。
「好きだからじっくりと味わうのさ。時間をかければ気が付かないことが見えてくる。」
ヒョウ太さんは、カップを覗き込みながら笑いました。
何が見えるのか、とても気になったアヤコさんは翌日からヒョウ太さんの真似をするようになりました。
季節が変わるころ、
やっとヒョウ太さんの言っていたことがわかりました。
それはとてもかわいらしくて素敵だった。
と、おばあさんになったアヤコさんは
おじいさんになったヒョウ太さんに語るのでした。

2002年7月13日土曜日

コーヒーとミルク

看板に「珈琲」の文字。
黒地に白字。
それはなぜ?
コーヒーとミルク。
黒人と白人。
夜と昼。
悪と善。

2002年7月9日火曜日

無題

目覚めると、周りには何もなかった。
俺は裸で布団もなかった。窓の外は霧で何も見えない。
きのうまでの記憶もない。
目の前には、ただ一杯のコーヒーがあるだけだった。
コーヒーは湯気がたっている。そうだ、俺はまだ生きている。

2002年7月7日日曜日

セピア色のタイムマシン

十数年ぶりに一冊の文庫本を取り出した。
すっかり茶けた頁から、古い文庫本の匂いの中に
微かなコーヒーの香りを見つけた。
「ああ、〔La Voie lactee〕だ・・・」
久しぶりに行ってみようか。
あの頃と同じ時刻に、同じ本を持って。
そして、窓際のあの席で待つのだ。

2002年7月6日土曜日

コーヒーゼリー

ママの作ったコーヒーゼリーはいつも僕には苦かった。
だから、僕はいつもたっぷりホイップクリームをのっけて食べた。
ママはそれを見て
「ごめんね、もっと甘くすればよかったね。」
となぜだかちょっぴり悲しそうな声で言うんだ。
ママは甘いのが好きじゃなかったんだね。
コーヒーゼリーは、唯一ママが作ってくれるお菓子だった。

僕はもう大人になって、ママはいなくなって、世界は一度終わりをみた。
嗚呼、最後にコーヒーゼリーを食べたのはいつだろうか?

2002年7月5日金曜日

配達ボーイと看板ガール

私は、毎日この喫茶店に通っている。
もう、40年になる。
ここでは、娘が一人、給仕し、LPを入れ替え、レジを打っている。
床やテーブルを磨く姿を、見かけたこともあった。
とにかく、よく働く。
そして、彼女は十分に人目に付くくらいの容姿は備えている。
加えて喫茶店の看板娘には、「やさしい笑顔」が必要らしい。
私は若干年上の彼女に「憧れ」ている。
そのような感情を持ってはいけないと言われているがどうしようもない。
私は、40年間変わらぬ姿で、毎日この店に品物を届けている。
彼女は今日も、同じ笑顔で「ごくろうさま」と言うだろう。
あと60年は言うだろう。
私たちのタイプは100年の使用期間が定められている。

2002年7月2日火曜日

珈琲はじめて物語

その人は、いつも白いコーヒーカップを覗きこんでいた。
客が飲み終えたカップを洗う前にひとつづつ、滑稽なくらい真剣な眼差しで。
客が少ない時を見計らって尋ねてみた。
「カップを読んでいるんです」
「占いの類ですか」
「まぁ、そんなようなものです」
「何がわかるんですか」
「お客さんは、銭湯のコーヒー牛乳。カップ達は飲んだ人とコーヒーの出会いがわかるのです。私はそれを読むだけ。いいカップでしょう」
そう言って髭がほころんだ。

2002年7月1日月曜日

砂漠珈琲

アフリカに暮らす友人から小包みが届いた。

「お元気ですか。砂漠の砂を送ります。この砂をフィルターに入れてからコーヒーを淹れてみてください。どんな味がするかはお楽しみ。わざわざ街でチャックのついた袋を買ったんだ。くれぐれも湿気には注意してくれよ。日本の湿度は、砂には大敵だから。それからコーヒーの感想をぜひ聞かせてください。それでは」

すぐに感想をエアメールで送ったのは、言うまでもない。