2024年8月14日水曜日

「風」(2020年10月、月々の星々のテーマ)

祖父母の家では雄鶏を飼っていた。なんとなく平べったい印象で、よく空を眺めたりなんかしていて、うまく言えないけど、あまり鶏らしくなかった。祖父は「あれは風を読むのがうまいんだ」と目を細めて言っていた。元々は祖母の生家の屋根に付いていた風見鶏だと知ったのは、祖父母亡き後のことである。

2024年8月11日日曜日

「月」(2020年9月、月々の星々のテーマ)

驢馬に乗って歩くと詩が出来るらしい。昔の中国の詩人がそう言っていた。まずは驢馬と知り合うため鶏に伝手を訊ね、牛と山羊に話を聞き、やっと驢馬と知り合いになれた。「一緒に詩を作らないか?」と月明かりの下、驢馬を口説く。「構わんが、推敲はやりたくないね」いよいよ驢馬と吟行に出かけるぞ。

2024年8月7日水曜日

「影」(2020年8月、月々の星々のテーマ)

どんより薄曇りの日が長く続いているせいで、影と暫く会っていない。もちろん月明かりでも蛍光灯でも影は生じるわけだが、光源によって性質が異なるようで、蛍光灯の影などは頗る愛想が悪い。太陽光による影だけが我が友だ。うららかな陽気の中を影と語らいながら、ひとり散歩を楽しみたいものである。

2024年8月5日月曜日

「海」(2020年7月、月々の星々のテーマ)

祖父の遺した古いノートは航海日誌だということがやっとわかった。船の揺れのせいか、ただでさえ癖の強い文字はひどく乱れ、気象用語と思しき単語が踊っている。祖父が船乗りだったとは俄には信じ難い。僕は一度も海を見たことがない。3.4%の塩水を作ってみたが、塩水の味か涙の味か、よくわからない。

2024年8月1日木曜日

夏の星々140字小説コンテスト 「高」未投稿作

毎朝、木に登る。私が誕生したその日に父が庭に植えた木だ。枝に腰掛けて町を眺めるのが日課だ。私の身長はとっくに成長を止めたが、木は今も伸び続けている。眼下の町が少しずつ小さくなる。夜明け前から登り始めないと枝に辿り着けなくなってきた。朝焼けに目を細める。ずいぶん高くまで来たものだ。