親父さん、年取っちゃったもんな。店仕舞いの前日、鯖味噌煮定食を運んでくれた手は長年の仕事の繊細さと過酷さを物語っていた。「鯖味噌だけでも教えてよ」ニヤリと笑い、手を差し出してきた親父さんと握手して店を出た。昨夜、店の味そのままの鯖味噌が出来た。急に皺の増えた我が手をじっと見る。
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予選通過
親父さん、年取っちゃったもんな。店仕舞いの前日、鯖味噌煮定食を運んでくれた手は長年の仕事の繊細さと過酷さを物語っていた。「鯖味噌だけでも教えてよ」ニヤリと笑い、手を差し出してきた親父さんと握手して店を出た。昨夜、店の味そのままの鯖味噌が出来た。急に皺の増えた我が手をじっと見る。
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予選通過
雪に混じって、星が降る。人々が家でじっとしている静かな夜は、星が地上の見物に行く絶好の機会。「いいですか、我々と足並みを揃えて。一定の速度で。少ないとはいえ人間に見つかると事です。スピードを上げてはなりませんよ、呉呉も!」雪にどれだけ注意されても、楽しい星は急降下が止まらない。
電車通学を始めた15歳、最寄駅にはまだ改札に駅員がいた。パスケースを見せる仕草に慣れた頃、自動改札となり三十年。先日、どことなく所在無げな駅員に「定期を拝見」と言われ面食らった。タッチしたばかりのスマホで交通系ICの画面を差し出すと、駅員は古めかしい眼鏡の奥で目を見開いて覗き込んだ。
押し寄せる蜂蜜に立ち竦んだ。予報は明日のはず。今年は佳い蜂蜜だという予報だったから準備万端に整えたかったが、急ぎ一年分の蜂蜜を集め始める。麗しい艶と香りに目眩がする。案の定、蜂蜜壺が足りず塩壺を流用する。壺の底に固まった塩が残っているが、鹹映ゆい蜂蜜は甘美で秘密の味がするのだ。
揺れ震えた北極星は、微細な硝子の破片を地上に降らせた。硝子の砂浜で生まれた幼い玄武たちは寒い冬空の下、綺麗に並んで甲羅干している。退屈している尾の蛇たちは、硝子の砂を弄んでいる。熱を帯びた尾の蛇の舌でかき混ぜられ、塊になった 硝子の砂はビー玉になり、転がりはじめた。一匹の玄武が尾の蛇に引っ張られるように、後ろ向きに歩き出す。ビー玉を追って、東へ。
南風か初飛行に疲れた 朱雀が着地したのは丸くなって眠る仔白虎の背。ふわふわで、ら夏の熱気が去って、幼い白虎はぐっすり眠っている。夢の中で白虎は雲だった。秋空を気持ちよく飛んでいる。目を覚ましてしばらくしても、まだ浮遊している感覚がある。朱雀が白虎にしがみついた。食い込む爪に痛みを覚えた白虎は生まれて初めて咆哮した。北極星を揺らすほどの大音響で。
巣立ちの時、朱雀はまだ翼が重い。羽ばたきを繰り返すが、飛び立てそうにない。父母はとうに姿を見せなくなった。空腹と退屈に倦んだとき、東から光るビー玉が転がってきて、雛朱雀の足元で止まった。暫し弄んでいたが、今度は西の方へ転がり始める。夕日が自分の羽と同じ色だと知った朱雀は、もぞもぞ青い者共がやってきた。あれは好物の「竹の実」に違いない。追って飛ぶ。飛んだ。
卵から孵ったばかりの 青龍たち。互いの長い舌が絡まるのが面白くて仕方がない。しかし、先刻から、蛇が一匹、紛れ込んでいる。気付いた幼青龍たちは逃げようとするが 、小さくやわらかな爪は大きな珠を掴めず、それ故に飛翔できない。幼い青龍たちが珠の代わりになる物を探して右往左往していると、きらきら光り転がるビー玉を見つけた。ビー玉を追いかけて 南へ向かう。