サイン入りの顔写真カードをポケットに突っ込み、小さなボストンバッグを持って、アパートの階段を降りる。鉄製の階段の足音が、いつもより低く聞こえるのは気のせいだろうか。
「電話ボックスに行くといい」と白い服の男は言っていた。2ブロック先にある電話ボックスに向かうことにする。
公衆電話を使う者などもういない。「歴史的遺産」として、町には電話ボックスがそのまま残されている。が、不用品が放置されているが如く、ただそこにあるだけの物体になっていた。
だが、2ブロック先のその電話ボックスは違う。他の公衆電話は黒く埃をかぶっているのに、その電話だけは赤く、いつも艶やかで、本当に誰かと話ができそうだった。
電話ボックスに入ると、生まれて初めて「受話器」を手に取り、左腕の消えず見えずインクのスタンプ(があるあたり)に赤くて重たい受話器を押し当てた。