森の奥深くにある湖の話だ。
その湖は冬になると必ず鏡のように凍ってしまう。月が二つあるのではと思うほどにくっきりと映る。
その凍った湖へ、どこからともなく少年がやってくる。これも毎年のことだ。
少年は滑り、踊る。音楽を寄せ付けないほど静かな森の夜だけれど、音楽が聞こえてきそうな氷上のダンス。
毎夜やってきては、踊り、明け方にはどこかへ帰っていく。けれどもその冬一番寒い夜に、少年は凍ってしまうのだ。毎年のことだ。
氷になった少年は、春になると跡形もなく消えてしまう。湖底を捜索しても、見当たらない。これも毎年のことだ。
湖底を捜索するのは、必ず少年の姉だ。彼女はまだ冷たい湖に裸になって飛び込む。だが、弟の髪の毛一本見つけることは叶わない。
陸に上がった姉が何一つ残さずに消えてしまった弟を思って涙を流す。これも毎年のこと。そのせいで、この湖は少しだけ塩辛い。