「735だ、丸い屋根を目指せばわかるだろう」
町に入る検問で尋ね人をすると、男はそう言った。僕は「丸い屋根、735。丸い屋根、735……」と呟きながら、見知らぬ町を歩き出した。
この町の家々には、番号が書かれているのだった。「205」とか「367」とか。どういう意味があるのかは、全くわからない。
「734」の家を見つけて、「735」が近くにあるに違いないと周囲を歩きまわったが、丸い屋根の家も「735」も見当たらなかった。諦めて、また別の方角に歩く。
検問の男はずいぶん体格のよい大きな声の男だったが、町の人々は一様に静かだった。市場にやってきたけれど、そこに喧騒はない。
思い切って「735の家を探しているのですが」と市場のおばさんに声を掛ける。おばさんは驚いた顔で耳を塞いでしまった。声が大き過ぎたらしい。
僕は「すみません」と小声で言って(これは意図して小さな声になったわけではない)、その場を離れた。検問の男は雇われ者で、この町の人間ではないのだろうと推測した。
もう町中を歩きつくしたと思った頃に、「735」の家は唐突に目の前に現れた。丸い屋根の、白い家だ。鼓動がうるさいほどに高鳴る。
呼び鈴は、僕の鼓動より、ずっとささやかな音だった。