2012年5月26日土曜日

外れた町

ボコっと音がして、町が外れた。
外れた町は、漂流でもするのかと思ったけれど、町の人々がボルトとナットでギリギリと連結している。
「まーまー、久しぶりに外れちゃったのね」
と、おばあさんが笑っている。


2012年5月22日火曜日

夢 第十三夜

二人の女が喧嘩をしている。


彼女たちは、とても理にかなった理由で喧嘩をしているらしいのだが、私にわからない言語で喧嘩をしている。


二人はそれぞれ、同じ作者の、違う小説の本を、大事そうに抱えている。


二人は、今度は私に分かる言葉で、どれだけその小説が素晴らしいかを語り、そしてまた私にはわからない言語で言い争い、涙を流し、そして雨の中を傘も差さずに出ていった。



2012年5月16日水曜日

無題

空から恋石が落ちてきた。「半分こして食べようか」と、あなたが言うので、必死になって割ろうとした。ナイフも使った。けど、割れなかった。「……食べていいよ」手渡すとあなたは「サクッ」と綺麗に半分だけ囓った。「ハイ、はんぶんこ」。恋石は、硬くて柔らかい。



 


5月15日ついのべの日 お題



無題

泳ぎ心地はどうだい? と雷の子が聞く。変わらないよ、とクジラの子が言う。ちょっと休んで行くかい? と雲のおばさんが聞く。そうしようかな、とクジラ の子が言う。雲から見下ろす海は、赤かった。そこらじゅうにクジラやイルカの子が虚ろな目で雲に乗っている。なのに、空は青い。



5月14日ついのべの日 お題「空」


2012年5月14日月曜日

へんくつ窟

へんくつ窟は、洞窟のくせに扉があって「ごめんください」と入らなければならない。
へんくつ窟の壁は、モザイクタイルで埋め尽くされている。
へんくつ窟には、巨大蝙蝠が暮らしていて、訪れる時には手土産がなければならない。
へんくつ窟の巨大蝙蝠への手土産は、よく熟れたパパイヤを38個でなければならない。
へんくつ窟から出るときには、次の訪問日時を正確に約束しなければならない。
へんくつ窟の巨大蝙蝠は「もう来なくていい」と必ず言うが、その言葉を信じてはいけない。

2012年5月9日水曜日

蠍踊り

昔々、あるところに老夫婦がいた。
夫婦には子供がいなかったが、蠍を飼っていた。
老夫婦は、蠍に「人を絶対に刺してはいけないよ」とよくよく言って聞かせていた。
蠍は大変に聞き分けがよく、人を刺すような素振りは見せなかった。
だが、強力な毒があるからと言って、蠍は村人から忌み嫌われ、老夫婦も村で孤立してしまった。
ある日、蠍は村人たちにひどく難癖を付けられた。蠍はやり過ごそうとしたが、多くの人に囲まれてしまった。
ジリジリと追い詰められ、逃げ場のなくなった蠍は、身動きした弾みで、一人の足にブスリ。
その毒針を刺してしまった。
確かに、蠍の毒は強力だった。だが刺された当人は痛がるでも苦しむでもなく、楽しそうに笑い、踊り始めた。
あんまり愉快に踊るので、村人全員が踊りだした。蠍は幸せだった。いつまでも踊りが止むことはなかった。
その村では、今も「蠍踊りの村」として知られている。

2012年5月6日日曜日

告白

堕天使の罪を一晩中聞き続ける夢を見た。
堕天使の翼が白くなってゆくにしたがって私の髪も白くなっていくのだった。
もうこれ以上聞いていては虹彩まで白くなってしまう、というところで目が覚めた。
鴉がこちらを見ている。

 

 


2012年5月3日木曜日

無題

少女は、獣に供された生贄だった。
だが、獣は少女を飲み込みことはせず、その広い口腔内に住まわせた。
少女を咥えた獣は、ゆっくりと旅した。死に場所を探す旅だ。
温かく穏やかだった獣の口腔内は、次第に不快な粘度を増していった。
やがて、唾液さえ出なくなり、獣の旅は終わった。

干からびゆく獣の舌の上に、少女は身体を預けた。
獣が化石となった今でも、細く静かな寝息を立て、ずっと同じ夢を見ている。


江崎五恵さんの「供物」を見て。
IFAA幻想芸術展にて。