2023年9月20日水曜日

#イメージの色見本 ③故郷


急坂の途中の林でザリガニを釣ってはいけないよと大人は言う。沼に落ちた子は帰ってこない。「どんぐり拾いは?」と問えば「それはどんぐりに訊いてみな」と言われた。「どんぐり拾っていいですか? イテ」つむじに命中するどんぐり。今年も許可が出た。

2023年9月15日金曜日

#イメージの色見本 ②音


今夜、美術室で眠ることになった楽器たち。音楽室と違う様子に大興奮、絵具で遊び始めた。「この色は私の音とそっくり!」とファゴット。「なんて美しい色だろう」とホルン。「これは僕の色だよ」とトランペット。「こんな色で歌いたい!」とフルート。

2023年9月13日水曜日

果実戯談 サクランボ

 鍵屋に「鍵ちょーだい」と言えば「やってもいいが、そのサクランボと交換だ」という。鍵が手に落ちた瞬間、サクランボになる。違う、鍵が欲しいのに。約束だからサクランボを鍵屋の手に落とす。何度やっても鍵屋の手には鍵。時々、青い嘴がサクランボの瞬間だけ攫っていく。鍵は、いつ手に入るだろう。

2023年9月7日木曜日

#イメージの色見本 ①風


煙突を見上げる。今日の煙の色は一段と身体に悪そうだ。工場の中は歯車だらけ。殆ど手動だから有害な煙なんて出ていない。大昔の工場地帯に憧れてわざわざ色を着けた煙を出しているのだ。山の風と海の風が交互に着色煙をひゅうっと吹き飛ばして、おしまい。

2023年9月6日水曜日

果実戯談 巨峰

 「ちゃんと計算したか?」と問われる。「はい、新鮮な巨峰で」と答える。確かめ算のたびに、どこからともなく小石が降る。ときどき綺麗な石が降ると「あ、水晶!」「アメジストかな?」計算は中断。はじめからやり直し。巨峰が疲れてくる。綺麗な石が降らないかわりに計算ミスが増え、今日も残業。

2023年9月4日月曜日

果実戯談 みかん

時間は、みかんに任せるとよい。数ある柑橘の中でも、みかんをおすすめする。午前の仕事をやっと終えた私はレストランへ向う。西の空は茜色だが、あくまでランチだ。ウエイターは私の手の中のみかんをチラリと見て「ご昼食ですね」と言った。自分の望むタイミングで行動したいなら、みかんに限る。

2023年9月3日日曜日

果実戯談 梨

よく回る梨だ。「きっと音楽が聴けるよ」と八百屋がいう。レコードに梨を乗せた。ヘタをレコードの溝に当てると音が鳴った。梨が加速する。音楽も早回しになり、煙が出てきた。音楽はすべて煙になり、レコードはツルツルに、梨は皮が剥けた。私は梨を食べ、煙を吸い込んだ。溜め息は大好きなあの歌に。

2023年9月1日金曜日

果実戯談 苺

 父の描いた水墨画は天気が変わる。雨の日、風の日、雪の降る日。私は父の絵が大好きだ。「よっこらせ」父がうれしそうに苺を買ってきた。「これは重くなるぞと思ったら、帰り道からどんどん重たくなった」と自慢する。ずっしりと重く、甘酸っぱい香りがする。父はこの重い苺を文鎮にして水墨画を描く。