親指の先がひどく痛む。
タマネギを切ると染みるし、鍋をかき回すと湯気に触れて痛い。
もちろん、物が当たっても痛い。
理由はわかっているのだ。
さっき、卵マン(そう名乗った)がやってきて、この卵型カプセル100個に疑似卵黄を入れてくれと頼まれたのだ。礼はたんとやると言うので引き受けた。
卵型カプセルを割り、疑似卵黄を入れて、割った卵型カプセルを嵌める。
この卵型カプセルがなかなかどうして、硬くて割れない。それで指を痛めたのだ。
疑似卵黄をあまりおいしそうではなかったが、卵マンは旨そうだったので、とっつかまえてオムレツにしてやろうと思ったのに、卵型カプセル100個を背負ってさっさと帰ってしまった。
2018年9月25日火曜日
雨の日のドライブ
父に誘われて、土砂降りの雨の中、車に乗った。
ワイパーが追い付かないほどの雨、どこに行こうというのだろう。
「こんな雨じゃないと見られないから」
と言って、水たまりの雨水を酷く撥ねながら車は走る。
着いたのは、大きな貯水池だった。水面に雨が激しく叩きつけられている。
その水面、ところどころで、ポンっと一瞬、顔のようなものが現れ、沈んでいくのが見える。見えるような気がする。
「……あれは何?」
父は
「子どもの頃から、死んだてるてる坊主だと、俺は思っていた」
と言い、しばらく黙って眺めていた。
「帰るか」
「うん」
家に着く頃には、雨が止み、日が差し始めていた。
ワイパーが追い付かないほどの雨、どこに行こうというのだろう。
「こんな雨じゃないと見られないから」
と言って、水たまりの雨水を酷く撥ねながら車は走る。
着いたのは、大きな貯水池だった。水面に雨が激しく叩きつけられている。
その水面、ところどころで、ポンっと一瞬、顔のようなものが現れ、沈んでいくのが見える。見えるような気がする。
「……あれは何?」
父は
「子どもの頃から、死んだてるてる坊主だと、俺は思っていた」
と言い、しばらく黙って眺めていた。
「帰るか」
「うん」
家に着く頃には、雨が止み、日が差し始めていた。
2018年9月11日火曜日
寡黙な人
いつもの喫茶店に行くと少女が働いている。年は13、14といったところだろうか。まだ慣れない様子で、引きつった顔でコーヒーを運んでいる。
「ありがとう、いただきます」
と言って受け取ったら、心底驚いた顔をして慌てて引っ込んでしまった。
店主の親父によると、酷く無口なこの少女は、学校に行きたがらないそうで、家で膝を抱えてるよりマシだろうと店の手伝いをさせていると。店主の実の娘なのかどうかは聞きそびれた。
慣れてくると、少女は私の読んでいる本を覗き込んでくるようになった。読み終わった本をやるとペコリとお辞儀をして、奥へ引っ込む。
いつの間にか、店主の親父よりも旨いコーヒーを出すようになった。もう少女と呼べないほどに大人になったのに、声はまだ聞いたことがない。
本は一冊も返してもらっていないが、律儀に感想文を手紙に書いて寄越す。手紙の少女は饒舌だ。どこに潜んでいるのだろうかと、声を探してやりたくなる。少し意地悪い気分で。
「ありがとう、いただきます」
と言って受け取ったら、心底驚いた顔をして慌てて引っ込んでしまった。
店主の親父によると、酷く無口なこの少女は、学校に行きたがらないそうで、家で膝を抱えてるよりマシだろうと店の手伝いをさせていると。店主の実の娘なのかどうかは聞きそびれた。
慣れてくると、少女は私の読んでいる本を覗き込んでくるようになった。読み終わった本をやるとペコリとお辞儀をして、奥へ引っ込む。
いつの間にか、店主の親父よりも旨いコーヒーを出すようになった。もう少女と呼べないほどに大人になったのに、声はまだ聞いたことがない。
本は一冊も返してもらっていないが、律儀に感想文を手紙に書いて寄越す。手紙の少女は饒舌だ。どこに潜んでいるのだろうかと、声を探してやりたくなる。少し意地悪い気分で。
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