2017年2月25日土曜日

二月二十五日 行列

ハンバーグ定食を食べるつもりがロースカツ定食になったのは、洋食屋に大行列ができていたからだ。
洋食屋をあっさり諦めて(腹が減って、その場に座り込みたくなるほどだったから)、向かい和定食屋に駆け込んだ。
和定食屋に客は誰もおらず、店の親父はブラウン管(ビデオデッキ付きの!)のテレビでニュースを見ていた。私は座るや否や「ロースカツ定食!」と言い、親父は奥に向かって「ロース一丁」と言って、カツを揚げ始める。揚げ油の匂いと音で、腹の虫が10匹増えた。

まもなく、副菜が山ほど付いたロースカツ定食がやってきた。
無我夢中で食べ、先ほどの倒れ込むような空腹とは打って変わって、寝転びたくなるような満腹の身体を抱えて勘定を済ますと、いつの間にか店内は客で一杯で、店の外にまで並んでいた。
向かいの洋食屋にはもう行列はなくなっていて、窓から中を覗うと、客はひとりもいないのだった。

2017年2月18日土曜日

二月十八日 クドーさんちの黒猫

クドーさんちには出窓があって、ときどき黒猫が鎮座ましましている。
大きくて、最初に見たときは置物かと思うほどジッとしていた。

久々にお目に掛かる。こちらに気が付かなかったようで、立ち止まってじっと見ていたら、「ハッ」とこちらを見返した。
そして、クドーさんちの黒猫は、大あくびをして、青い煙をもくもくと吐いたのだ。

私は驚いて後退る。窓越しなのだから、青い煙を吸い込む心配はなさそうだったけれど。
気を落ち着けて、もう一度、クドーさんちの出窓を見たら、今度は大きな白猫がいた。私の着ていた黒いコートも真っ白になっていた。

2017年2月12日日曜日

二月十二日 黒い王

昨夜、黒い王が好んだという酒を飲んだ。
黒くて、ローストした香りの中に、甘い果実を感ずる。ねっとりとした酒であった。アルコール度数は極めて高い。 わずかしか飲まなかったにも関わらず、浮遊感に取り込まれる。

おかげで、今日は一日、黒い王の幻影とともにあった。黒い王は一切の光を弾かない王冠をしていることがわかった。私はその闇のような王冠に触れてみたくて、何度も手を伸ばすのだが、そのたびにするりと王は消えてしまう。

日が暮れると、黒い王は本当に消えた。