これが台風だったら強風のせいだと言えるのだが、今夜は小糠雨、音もたてずに細かい雨が降り続いている。
傘はどんどん重くなる。この間、新調したばかりの常盤色をした大きな傘だ。重さなど気にせず選んだのが、失敗だったか。
差しているのが面倒になって、ふっと腕の力を緩めると、(行ってもいい?)と声が聞こえた。
「どこに行くんだ?」
(えっとね、念仏踊り)
念仏踊り、だと?
傘は上下に跳ねながら俺を引っぱって行く。
ええい、ままよ。どこへでも連れて行け。それにしてもルックスの割に、子供っぽい傘だな、コイツ。新品だからか?
雨は相変わらずで、足音までも吸い取られたように静かだ。おれは、浮かれた傘に操られ、間抜けなステップを踏みながら細かい雨の中を進む。
たくさんの傘が、踊り狂っていた。
傘は、おれを振りほどいて、一目散に傘の踊りの輪へ入っていく。
踊る傘は実にさまざまだった。ビニール傘も、和傘も蝙蝠傘も、入り乱れて踊っている。けれど、ほとんどが壊れたり、年季の入った古い傘で、真新しい常盤色の傘は、ずいぶん浮いた存在だ。それなのに、おれの傘は骨だけになった傘や、厳めしい蛇の目に促され、どんどん踊りの輪の中心へ入っていく。
閉じたり開いたり、くるくる回って、傘が踊る。大勢の傘が、おれの傘に合わせて、踊る。やがて、無言だった雨が念仏を唱え始め、傘たちの踊りは一体となる。
おれは、傘たちの踊りに目を奪われていた。細かな雨が体中を濡らし、髪の毛から水滴が落ちるのも気にせず、立ち尽くしていた。
ようやくおれの手に戻ってきた傘は、興奮冷めやらぬ様子で、いろいろと話を始めた。
(あそこはね、昔昔、傘屋だったの。じいさんが、ひとりで傘を作っていたんだ)
(じいさんはすごく頑固でね。でも、じいさんの張った傘は、とても長持ちだったんだ)
(さっき踊っていた傘は、みんなじいさんの傘か、その生まれ変わりなの)
(でね、今夜はじいさんの祥月命日)
「なあ、おまえひとりだけチビだったろう? 本当はまだ付喪神にはなれない年なんじゃないのか?」
(うん、でもね。ついこの間まで、こんな顔だった)
傘は「ばあ」と、あっかんべえをして見せた。蜘蛛やらゴキブリやら小鬼をぶら下げ、舌をだらりと垂らした、巨大なオンボロ傘が立ちはだかる。
腰を抜かしたおれは、からからと大声で笑うお化け傘に引き摺られて、家に帰った。
「へんぐえ‐茜‐」掲載作